0人が本棚に入れています
本棚に追加
現場のそばには野球場があり、その向こうには是政橋が見える。
そこは野球場と河に挟まれ、疎らに生えた木立が周囲からの視界を遮っていた。
私は野次馬達に混じって様子を窺った。
もちろんホームレスの死体はもうない。
でも残ってるものがあった。
土を四角く盛り上げた土台だ。
その周りに目を凝らすと微かに八重の円の跡も見つけることができた。
大きく息を吐き、自分を落ち着かせる。
見るべきものは見た。
私は事件現場に背を向け、自転車の方へ引き返す。
やっぱりあれは本当にあったことなんだ。
えっ、ちょっと待って。
じゃあ、あの一つ目の気持ち悪い化物は?
あれも現実なの……?
体中に鳥肌が立った。
それにあの男。
ホームレスを傷つけた犯人は一体どうなったんだろう。
まさか化物に残らず食い殺されたとか。
気持ちの悪い想像をしながら土手を上っていると後ろから呼び止める声がした。
振り返るとセットアップの黒いスーツを華麗に着こなした三十代ぐらいのおじさんが、こっち向かって歩いてくる。
土手の上にいた制服の警官が敬礼してるから警察のお偉いさんだろね。
「君、この辺の人?」
おじさんは低いけど、よく通る声で話しかけてきた。
「いえ、違いますけど」
警戒しながら答えた。
中学のとき警察の方々に随分とお世話になったので、いまだにちょっと苦手だ。
「名前は?」
おじさんはかなりのイケメン。
ふわりとしたミディアムな髪。
銀縁メガネの奥に光る切れ長の瞳。
筋の通った鼻。
すこし酷薄そうな薄い唇。
スレンダーだけど引き締まった感じの身体。
柑橘系の香りが微かに漂う。
たくさん女を泣かしてきたんだろな。
おじさんの顔を見つめてそんなことを考えていたら、怖がってると思ったみたい。
「ごめん、驚かせちゃったかな」
おじさんは優しそうな笑顔を浮かべ、身分証を開いて見せた。
「僕は警視庁公安部外事九課の賀陽(かよう)といいます。不審者じゃないから安心して」
「刑事さんですか」
「いや、刑事とは所属が違うんだけど……。まあいいか」
「何か用ですか?」
わざと無愛想に尋ねた。
「えーと、君の名前は」
私の態度に賀陽さんは少し戸惑ってる。
最初のコメントを投稿しよう!