玉勝間

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 これは夢だって知ってる。  自分の身体が今も自宅のベッドの上で眠っているのを頭の隅で感じてる。  夢で起こる出来事は、いつものように、何かを教えてくれてるんだと思う。  でも起きた時がキツいんだ。  眠った気がしないから。  私は誰かの目に映る景色を見ているようだ。  その人の顔は見えないけど、黒い長袖シャツの袖からのぞく手の感じからして男みたい。  夜空の下。  三日月が、ちらっと目に入った。  街の灯りが、あちこちで光ってる。  男のいる場所の近くに灯りは無いけど、周りから入ってくる光で、真っ暗ってわけじゃない。  音は聞こえない。  映像だけ。  これもいつものこと。  男の前には、中年の男とゴールデンレトリバーがいる。     太い眉毛と無精ひげの中年男は地面に横たわってる。    薄汚れた紺色のジャンパーと作業ズボン。  頭に赤いニット帽。  首に茶色くなったタオル。  靴底が剥がれかけた革靴。  胸が上下に動いているので死んでないのはわかる。  ホームレスのおじさんかもね。  ゴールデンレトリバーは四角く盛り上げられた土の上に寝そべり、時折こちらを眺めては舌を出してる。  首輪に繋がれたリードは、地面に打ち付けられた杭に結わえてある。  男は地面に寝ているホームレスの周りに円を描いてる。  足を引きずるようにして描かれる曲線。  右足で一歩分、線を描くと、今度は左足に変えて一歩分描く。  それを何度も繰り返してた。  一、二、三、四、……。  数えてみると八重の円だ。  八重の円は、犬のいる四角い土の台とくっついてる。  ふいに男は後ろを振り返る。  黒く滑らかな水の流れが見えた。  どうやらここは河川敷らしい。  特に変わった様子は無い。  視線は再び八重の円に戻った。  円を書き終えた男はブルジーンズのポケットに右手を入れて、何かを取り出す。  バタフライナイフとゴールドのネックレスだ。  ネックレスのチャームには緑色の石できた数字の9がついてる。  男はネックレスを左手で握り、右手にナイフを構え、ゴールデンレトリバーに近づく。  犬は威嚇することなく、優しそうな黒目で見つめてる。  
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