玉勝間

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 リードが結わいてあった杭が地面から抜け、犬が土台から飛び降りた。  慌てた男は犬に駆け寄る。  ホームレスの口から灰白色の塊が現れる。  ぬらぬらと輝くそれは、人の頭くらいの大きさで肉まんみたいな形をしてる。  私の背筋を電撃が走り抜ける。  ――それには大きな目があった、一つだけ……。  人間よく似た目玉が、ぎろりと男を睨んだ。  犬を押さえようとしていた男は、それを見て動きを止めた。  次の瞬間、それは男の顔に向かって飛びかかってきた。  私は悲鳴を上げた。  目を開けるとおなじみの天井が見えた。  ベッドの中の私は汗まみれだ。  パジャマが冷たい。  嫌なもんを見ちゃったね。  今日は一日ブルー決定だよ。  カーテンの隙間から朝の光が差し込む。  ネコ耳のついた目覚まし時計の針が、七時を指そうとしてる。  シャワーを浴びても余裕の時間だ。  クローゼットから下着とジャージを引っ張り出して部屋を出た。  階段を下りると居間のソファーでテレビを見ていた親父が声を掛けてきた。 「なんだ亜紗(あさ)、朝風呂か? 朝に亜紗が朝風呂ってな」  命連寺(みょうれんじ)家の大黒柱、私の親父、圭一郎。  お菓子メーカーに勤めるサラリーマンで四十二歳。  白髪混じりの髪。  浅黒い顔。  細身で長身。  部下の女性には人気があるんだぞと図々しく言う。  確かに婆ちゃんに似て掘りの深い顔だけど、性格がね、めんどくさい。 「ウザっ!」    吐き捨てるように言って廊下を歩く。  私の名前は亜紗。  朝の時間には紛らわしい。  親父は顔を合わせる度に、つまらないギャグをかましてくる。  だから普段は親父が家を出るまで寝てる。 「亜紗、早起きしたなら、ちゃんとご飯食べなさいよ」  おふくろの紀子がキッチンから廊下に顔出した。  丸顔。  ふっくら。  大根足。  専業主婦の四十歳。  年の割には若く見えるかも。  涙もろい、おせっかいやき。  二十年前はミスキャンパスに選ばれたらしい。  今は跡形も無いけど。 「今日のご飯、何?」 「鯵と卵焼き」 「卵焼き、甘い?」 「甘いよ」 「じゃ、食べる」  少し気分が良くなった。  卵焼きは甘くなくちゃ。
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