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鞄の中にあったカッターナイフを取り出して、女の目玉に突き立てた。グシャリとカッターナイフの刃が眼球を抉り、瞳を切断し瞼が裂けて血が吹き出した。遅れて女の絶叫がこだました。
目を抑えつつ、のたうち回る女を見下ろしながら私は女の腹を踏み潰した。ゴフゥと女が勢いよく咳き込み、
「ご、め、ん、ねーー気づかなかった」
と、まるっきり棒読みのまま言った。血塗れのカッターナイフをカチカチと戻しつつ私は帰宅するために廊下を歩く。
人生はマラソンだと言ったけれど、やっぱりマラソンでも、人生でもいろいろあるべきだ。波瀾万丈な人生というやつである。
そして、そのための第一歩だったわけだけれど、かなり衝撃的な第一歩だった。血塗れのカッターナイフを持つ手がガタガタと揺れた。でも、それと同じくらいの快感が全身を支配していった。おもむろに自分の目玉に触れて、その感触を瞼の上から確認し、人差し指と親指で瞼を大きく見開いて、眼球が空気にさらされじわじわと乾いていき、瞼を開く指がプルプルと震え、何度かまばたきを繰り返し、その直後、直接、眼球に触れた。そのまま潰してしまいたいという衝動にかられた。
人生はマラソンだ。死は終わりだけれど、目玉を潰してしまうことも同じような死だと思った。なぜなら目が見えなくなるということは、そこから先がわからなくなることだから、ゴールの見えないマラソンほど、辛い物はないだろう。死ぬことと、目玉を潰されることがどちらか辛いかというのなら後者に違いない。死はそこで終わりだけれど、目玉を潰されたからってそこで終わりではないのだ。他者を間接的に死に追いやったという事実がどうしようもない、快感に変わっていく。
もうすぐ、死ぬかもしれないその圧力が私から枷を外してしまった。血塗れのカッターナイフを握りしめて街中を歩いていると、
「あのさー。君なんてことしてるわけ?」
いつのまにか、色白少年が私の隣に並び歩いていた。
「何がって?」
「だからさ。クラスメートの女の子、右目が失明してたかもしれないっ話なんだよ。いくら巻き戻ったからってそういうことしちゃいけなちゃいけない思わないの?」
「別に構わないでしょ。私には関係ない話なんだし」
言いながら、失明してなかったことが残念でしかたなかった。そうとう深く刺したつもりだったのに、達成感が一気にガツンと落ちていく。
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