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♢♢♢
(嘘だ……、そんな、兄さんっ!)
1つの影が巨大な木々の森を疾走していた。
時刻は定かではないが、月が3つ視認できる空は夜。天から届く月光すらも大樹は遮り、より深い闇を演出している。
視界が悪く一寸先が見えなくても、その影が立ち止まる事はない。
突如、影の近くで轟音が鳴り響いた。
爆発により発生した炎が影の正体を炙り出す。
人ではない。灰色の毛をなびかせた2mほどの狼が限界まで四肢を躍動させている。
すでに敵地に入っている。待ち伏せに罠、何があってもおかしくはない。
しかし、彼にあるのは警戒心ではなく身を切るような焦燥感。
兄の生命の灯火が揺らぎ、消えかかっている。
わずかな残滓の糸を見失わないようにより加速する。
持ち場を離れた罪悪感はようやく薄れつつある。彼は本来、最前線で敵の侵攻を食い止める役割を命じられていた。
率いる隊長が必ず助けろと背中を押した。
唯一の友はここは任せろと笑っていた。
森を抜け、視界が開けた先はまさに混沌と化していた。
東の空には闇夜を緑に照らす巨大な円形魔術式が。
西の大地には天を突かんと昇る業炎の火柱が。
北の山脈には神話で巨人が使用する6本の光の剣が突き刺さっている。
それらを一切無視して駆ける狼は、中学生の少年へと姿を変えた。
激戦の末、周囲一帯が吹き飛び強制的に出来上がった平場に兄は横たわっていた。
その傍らに黒い影がたたずんでいる。
黒いフードから覗く、竜を模した黒い仮面。
斬るよりも捻じ伏せることに特化した黒い大剣を手にし、その場から魔法のように姿を消した。
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