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「でも、もうダメなの。せめて手ぐらいつなぎかったけど、無理みたい。さようなら」
悲しげにつぶやき、彼女は消え失せた。
「……いくらビジネスとはいえ、あいかわらず非情だな」
俺はひとりごち、絶対不可視の壁に手を当てた。
彼女というコンピュータウイルスは努力も虚しく消滅した。俺は安堵の息を漏らす。もし彼女が壁を壊すなり乗り越えるなりして、俺にふれようものなら、たちまち俺は彼女に侵食されてしまうだろう。そして俺の背後にある莫大なデータは破壊し尽くされるか流出してしまうに違いない。
そうなると、俺を金で雇っている主に申しわけが立たない。だから俺はいつだって彼女の侵入を許すわけにはいかないのだ。
しかし、と俺はときどき想像する。あらゆるロジックを崩して彼女が壁を破り、俺のすべてを侵食し、主のデータをむさぼる姿を。
いつか。いつかそんな日がくる。俺は確かな予感を覚えながら、今日も絶対不可視の壁の向こうに映る新しい彼女を見つめる。
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