1章 戸惑いと旅立ち

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 ワンプの頭部から、脚から粘液がどろりと溶け出す。その粘液の一部が地面の草にかかると、ジュッと音を立てて焼け焦げたような臭いが漂ってきた。  御者は押さえつけられながらもその光景を目にして、恐怖で足をばたつかせる。もし、自分にかかれば火傷じゃすまないからだ。  必死に体を動かしたのが功を奏したようで緑の触手が外れ、御者は急いでその場から離れようと地面を這いずりながら逃げようとした。  その背に触手が数本降り下ろされる。  鋭利な刃で刺されたように深々と触手が食い込んだ。御者の口から痛みと恐怖が入り交じった叫び声と、助けを求める懇願が響き渡る。だが、粘液が脚に沿って流れ出すとたちまち絶叫に変わり、肉の焼ける嫌な臭いと破れた服から露出した赤茶けた皮膚が垣間見えた。  助けられなかった。衛兵も同様に棒立ちだった。  御者の顔や下半身すらも粘液で覆われたとき、ワンプは興味を失ったようで触手を引き抜いてゆっくり衛兵に近づく。 「無闇に近付くな! 一定の距離を保て!」  衛兵は散開し、ワンプを囲むように展開する。  意外と若い兵ばかりで、手に武器を携えてはいるが顔は強張り、意志とは裏腹に腕がわずかに震えていた。  無理もない。こんなのんびりした田舎のような地域で長期に渡って勤務していれば、平和ボケするだろう。年配の衛兵の隊長は内心部下をどう扱うか悩んでいるだろう。 「おい、お前、どこいく気だ」  ハリエットは茂みの中で立ち上がり、街道へ向かおうとした。その背に怪しい貴族が声を掛けたのだが、もしかしたら逃げるのか? 「私のせいであの化け物が暴れたのだとしたら。やっぱりほっとけないよね」  ハリエットは振り返らずに腰の短刀に手を伸ばす。貴族はその行為を 見て、理解不能と言わんばかりの手振りを見せた。 「俺は参加しないぞ。痛いのはごめんだからな」 「大丈夫。私一人で行くから」  俺も助太刀しよう。どうもあの化け物はすぐに倒れてくれる相手じゃなさそうだ。 「どいつもこいつもお人好しなこったねぇ」
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