1章 戸惑いと旅立ち

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 剣が何もない空間を斬る。  そこにワンプの姿はなく、振り上げた剣より高みにその体があった。予想より遥かに上まで跳躍したようだ。  重力に従い、ワンプの体が落下を始める。胴体が俺に重なるよう頭上を覆い、八本もの脚は針のように鋭くなる。こいつは全身を刺すつもりか。  だが、同じ手は食わない。落下箇所を見極め、剣で上方を扇げばいい。  甲殻類がもつ固い鎧も柔らかい部分がある。殻と殻の接合部や単純に腹だ。地面に這いつくばっていれば拝めそうにない腹部も今はがら空き。またとないチャンスだ。  手筈通り、剣を振り上げる。その刃は腹部の柔らかい部分を切り裂き、弧を描くように抉り続ける。  体の内部も緑色だった。赤や白色の筋肉はどこにもなく、不気味に光る物体が占めていた。  粘液が地面に降り注ぐ。身の危険を感じたワンプが、大量の汗をかくように全身から緑の涎を垂らす。  俺は剣を刺したまま木々に向かってワンプを横凪ぎに振り回した。遠心力がワンプの体を剣から突き放す。一本の大木に体を打ち付け、割けた体内から毒々しい体液を流れ出した。降り積もった落ち葉はジュウジュウと音を立てながら、その身に穴を空ける。次々と腐食する範囲が広がる。だが、ワンプはもう虫の息だった。 「ふう。なんとか触れずに倒せたか」  遠巻きに見ていたリンが驚きに満ち溢れた顔で駆け寄る。他の衛兵たちも俺を取り巻き、賛辞を浴びせた。 「すげーな。俺達が束になって叶わなかった相手を一人で倒すとは。やるな、兄ちゃん」  俺は背中がむず痒くなるが、俺一人で倒したわけではない。衛兵もさることながら、ワンプの気を引いてくれたハリエットにまずは感謝したい。  しかし、ハリエットはその場にいなかった。どこに行ったのか探してみると、ちょうど馬車から出てきたところだった。皆が俺に注目してる間に馬車に忍び込むとは、抜け目ないやつだな。
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