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「わっ、もう8時回ってる!」
カバンを手にバタバタと階段を駆け下りて、シュークローゼットに備え付けられた姿見で自分の姿を確認する。
肩まであるくるくるのクセ毛を手ぐしで整え、なんとかそれらしく見せることが出来たと、美桜はにんまり頬を緩めた。
けれど、好奇心旺盛に輝く双眸の、ちょうど上まぶた辺りが、寝不足のせいか少し腫れて見えた。
手の甲でゴシゴシと目を擦ってみて、鏡の前でパチパチ瞬きしてみる。
「ん。朝はみんなこんなもんでしょ」
鷹揚に頷いてみせ、ひとり納得する。そして、ごそごそと制服のスカートから色つきリップを取り出すと、唇にグリグリ塗りたくった。淡いピンク色をしたそれは、クラスの女子達にも可愛いと好評な、女子高生御用達・チープブランド一押しの春の新色だった。
「よし! 完了!」
鏡の前でにこりと元気な笑みを浮かべた倉橋美桜は、今日で十七歳を迎えたごく普通の女子高生だ。
「いってきまーす!」
美桜は玄関横にある和室に向かって声を上げるが、返答はない。肩越しに、和室の桟に掛けられている父と母の遺影に微笑みかける。そして、美桜は玄関扉に手をかけた。
去年、両親を突然の落石事故で亡くしてしまった美桜は、未成年の自分を引き取ってくれる近しい親戚が周りにいなくて。両親が遺してくれた遺産を使い、今はひとり、生まれ育ったこの家で暮らしていた。
手にしたノブを捻り、玄関の扉を開け放った、その時――。
美桜の動きはピタリと止まった。
銀髪の二十歳半ばくらいと思われる、和服姿で物凄く長身な美青年が、玄関先に佇んでいたのだ。
美桜は思わずポカンと見惚れてしまう。
(ふわぁ……綺麗な外人さん……)
半開きの口のまま、動物園でパンダやコアラを眺めるが如く、ぼへーと間抜け面でガン見してしまう。
今まで美桜が遭遇した『美人さん』ナンバーワンは、間違いなく目の前に佇むこの男だろう。
美桜は半開きの口のまま、大きな眸をこれでもかというほど見開いて、目の前の美青年に残念なアホ面を曝しながら、そう思った。
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