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努めて笑顔を保ち、できる限り優しい声で言った。
早坂は目の下にくまを作りながらも笑顔である。どうしてこのように人通りの少ない場所に居たのであろうか。
「危ないよ、こういうところに一人でいたら」
「諒も一人じゃない」
「僕は、男だからね」
会話が途切れる。
蛙の声が空高くまで飛び上がってやがて落ちようとする。
落ちようとするのだが、下から次々にまいこんでくる声に落ちることができないでいた。
「この前は、ごめん……うまく言えなかった。
今度は、信じてもらえないかもしれないけど、ちゃんと話すよ」
「うん」
早坂は下を向かない。早坂は気丈にも空を見上げている。
「僕は、早坂に関する記憶が一切ないんだ。
最初はただのど忘れか何かだと思ってた。けど、違うんだ。
同じ部活に居たことも、半年くらい前から付き合い始めたことも、何も覚えていないんだ」
早坂は無言だ。信じてもらえなかったのだろうか。
そもそもこんな話を信じてもらおうなんて考えが甘かったのだろうか。
しばらくして、早坂は何か重いものを背から降ろしたかのように
大きく息を吐き出した。
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