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ねだらずとも彼は私を融かす。
融解して、液体になって、あなたに混ざってしまう。
それは体を重ねることだけに限らない。
日常の何気ない作業でも、交わされる会話でも、ふとそれを感じることがある。
嬉しいことを嬉しいといってくれるから。
楽しいと思うことを共有できるから。
我慢するだけじゃなく、喧嘩も出来るから。
一つ一つをきちんと受け止めてくれるから、私は素直でいられる。
顔色を窺わずに正直に話せる。
さわさわと風が頬を撫でた。
開いたままの窓から入ってくる見えない侵入者が、悪戯っ子みたいに彼の無造作な前髪を揺らして逃げていく。
必死で声を殺し、彼の胸に顔を埋めて。
今にも蕩けてしまいそうな心と体が、まだ形を留めているうちに、あなたに伝えよう。
「愛してる」
「うん、俺も」
そっと額にキスが落ちる。
「ずっと、そばにいて」
「うん、千里もな」
そして頬に。
ねだらずとも融かしてくれる。
けれどちゃんと言葉にしよう。
あなたと私が隙間なく混ざり合うために。
「……融かして」
綿飴に包まれる。
「良くできました」
意識がぼやける。
でも、もう怖くない。
……唇に押し当てられた彼の熱に、私の体は融点を超えた。
誰もみな、同じじゃない。
どんなに愛し合ったとしても、解り合える部分と相容れない部分を持ち合わせている。
それでも一緒に居たいと思うのは、与えられる愛情と、与える愛情が釣り合って、心を結びつけるから。
似た者夫婦とよく言うけれど、それは長い月日を共に過ごして、少しずつ馴染んでいくからなのかもしれない。
愛情という乳化剤が、普通なら混ざり合わないものを融合してくれる。
「愛してるよ」
風にのって耳元をくすぐった囁きに、私は融かされていく。
それはこれからも変わらないだろう。
あなたとなら、嬉しいときも苦しいときも、融けて混ざっていける。
今、はっきりと
未来へとまっすぐ延びる道が見えた。
end
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