融かされたい

5/142
155人が本棚に入れています
本棚に追加
/290ページ
出勤すると、まずは給湯室に向かう。 お茶を出す義務はないが、私自身がコーヒーを飲みたくてコーヒーメーカーに豆をセットするためだ。 自販機もあるにはあるが、私のいる階からやたら遠いし、そもそも缶コーヒーは好きじゃない。 カップタイプはデスクに持って帰るまでに気を遣う。 もともとは備品として設置されていたものの、壊れてしまってからコーヒーメーカーが再度設置されることはなかった。 このご時世、削れるものは削る、致し方がないといえばそうだ。 うちの部署に来客があった場合でも、別階の会議室に案内して秘書がコーヒーを運ぶスタイルになってしまい、うちの部署にコーヒーメーカーがほしいと言う提案は却下されてしまった。 悔しいので自費で購入した。 私物を持ち込むなと部長には小言を食らった。 至極もっともな意見で、仕方なく持って帰ろうと諦めていたのだが、その日にたまたま別事業所の社員がやって来て、パーティションで仕切っただけの接客ブースで部長と話し始めた。 社内の人間だし、会議室に移動するほどのことでもないかと思い、黙ってコーヒーをたてた。 すると、余程タイミングがよかったのか、部長はころっと態度を変えた。 結局、毎朝自分の分だけ、なんて言うわけにもいかず、みんなに声をかけてみた。 そんなことが続き、何となくみんなにも習慣付いてしまったらしい。 いつも多目に抽出しておきさえすれば、飲みたい人が飲みたい時に自分で持っていくだけなので、煩わしいことはなにもない。 豆代は飲む人たちから毎月500円徴収すれば、案外賄えるものだ。 足りないときはそれとなく部長がカンパしてくれた。 なんだかんだ、一番恩恵に預かっているのは自分だと気付いたらしい。 今朝は早朝会議があったので、紙コップを準備しておいた。 日頃は個人使用マグカップだが、会議の時くらい楽をしたい。 資料を揃え、プロジェクターの準備をする。 パソコンをつないで画像がホワイトボードに投影されるのを確認し、あとはワゴンにカップとコーヒーの入ったポットを置けば私の仕事は終わりだ。 給湯室に戻り、自分のマグにコーヒーを注ぐと、シンク脇の壁に寄りかかった。 やっぱ昨日は夜更かししすぎた。きついや。 目がしょぼしょぼする。 確実に視力が落ちてると感じるのもしばしば。 んー、自重しなくちゃダメかな。 目を閉じたまま、後ろ頭を壁にくっつけた。
/290ページ

最初のコメントを投稿しよう!