融かされたい

141/142
前へ
/290ページ
次へ
ねだらずとも彼は私を融かす。 融解して、液体になって、あなたに混ざってしまう。 それは体を重ねることだけに限らない。 日常の何気ない作業でも、交わされる会話でも、ふとそれを感じることがある。 嬉しいことを嬉しいといってくれるから。 楽しいと思うことを共有できるから。 我慢するだけじゃなく、喧嘩も出来るから。 一つ一つをきちんと受け止めてくれるから、私は素直でいられる。 顔色を窺わずに正直に話せる。 さわさわと風が頬を撫でた。 開いたままの窓から入ってくる見えない侵入者が、悪戯っ子みたいに彼の無造作な前髪を揺らして逃げていく。 必死で声を殺し、彼の胸に顔を埋めて。 今にも蕩けてしまいそうな心と体が、まだ形を留めているうちに、あなたに伝えよう。 「愛してる」 「うん、俺も」 そっと額にキスが落ちる。 「ずっと、そばにいて」 「うん、千里もな」 そして頬に。 ねだらずとも融かしてくれる。 けれどちゃんと言葉にしよう。 あなたと私が隙間なく混ざり合うために。 「……融かして」 綿飴に包まれる。 「良くできました」 意識がぼやける。 でも、もう怖くない。 ……唇に押し当てられた彼の熱に、私の体は融点を超えた。 誰もみな、同じじゃない。 どんなに愛し合ったとしても、解り合える部分と相容れない部分を持ち合わせている。 それでも一緒に居たいと思うのは、与えられる愛情と、与える愛情が釣り合って、心を結びつけるから。 似た者夫婦とよく言うけれど、それは長い月日を共に過ごして、少しずつ馴染んでいくからなのかもしれない。 愛情という乳化剤が、普通なら混ざり合わないものを融合してくれる。 「愛してるよ」 風にのって耳元をくすぐった囁きに、私は融かされていく。 それはこれからも変わらないだろう。 あなたとなら、嬉しいときも苦しいときも、融けて混ざっていける。 今、はっきりと 未来へとまっすぐ延びる道が見えた。               end
/290ページ

最初のコメントを投稿しよう!

153人が本棚に入れています
本棚に追加