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完璧な中に、ちょっとした弱さを見せられる……ギャップ萌えっていうんだろうか。
苦笑も、ヘラを渡す時の悪戯っぽい笑顔も、職場では見たことがない越智さんで。
『内緒ね』
秘密を共有した感覚も、皆が知らない越智さんをひとつ知った優越感も、私をどんどん浮き上がらせていく。
焼けたお好み焼きに嬉しそうにソースを塗る様子につい微笑んでしまう。
ひっくり返したときに『何、そのどや顔』と突っ込まれたのも、二人の距離感が少しだけ近付いたような錯覚を起こさせて、鉄板から放出される以上の熱を感じていた。
「うん、美味い」
ふうふうと息を吹き掛けて冷ましたあと、一欠片口に入れた越智さんが笑う。
美味しそうに食事をする人に好感を持つ人は多いと思うけれど、例に漏れず私もその一人だ。
あのデモの日とは違うリラックスした時間に酔しれる。
こんなにワクワクして、こんなにドキドキしてる。
昔の自分のことを話してくれる越智さんが、今までよりぐんと近く感じる。
会社で時々目に映して癒されたらそれでよかった。
でも今の私は確実に欲張りになっている。
散々食べて喋って、気がつけばあっという間に時間が経った。
「どうする?少し呑みなおす?」
越智さんの誘いは簡単に私を捕らえてしまう。
「はい」
車は置いて帰ればいい。
明日の朝はバスで出勤したらいい。
嬉しさに飲みこまれて、後先なんか考えられなくて。
素直に越智さんの後をついていった。
連れていかれたのは、あまり大きくないカフェバー。
ごちゃごちゃとした色彩と、ハイテンポな音楽と、賑やかな客に溢れた、雑多な感じがする店だった。
テーブルもカウンターも平日なのに埋まっていて、空いているのは大きな観葉植物と壁に挟まれたバーテーブルだけだった。
籐かごが足元に置かれていたので、まずはバッグを肩から外した。
「俺はハイネケン、秦野さんは?」
コートを脱いで畳んでいたところでいきなり問われて、一瞬躊躇したけれど……今日は勇気を出して言ってみた。
「あの……ちょっと待ってもらっていいですか?
初めてでよく解らないんで……メニュー見たくて」
越智さんはきょとんとした顔をした後、苦笑した。
「あー、ごめんごめん。ついいつもの癖で。
ゆっくり決めて」
その顔には私を責める要素は見当たらなくて、緊張がほぐれた。
ほら、素直になったらなんてことないじゃない。
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