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自分の中に作り上げていた、越智さんへの壁を崩せた瞬間だった。
途端に溢れ出すのは、貪欲な感情。
もっと、もっと、知りたい
進むアルコールに次第にふわふわしていって、過剰な遠慮がそれに比例して溶けていく。
「秦野さん、実は砕けてたりするんだね」
越智さんが柔らかい笑みを向けてきた。
「会社ではさ、何て言うか闘争心の塊つーか、すごいプライド高い人みたいに見えてたんだけど」
えっ?そんな風に思われてたの?
「案外普通の女の子で安心した。俺、あんまり上昇思考が強すぎる女の子、苦手なんだよね」
「それは暗に私のことが苦手だった、って言ってます?」
「あはは、ごめんって。だから見直したんだって」
眩しい笑顔で言われると、何でも許してしまう。
観葉植物に遮られた、余り周りが気にならないこの空間と、お酒で緩んだ自衛心と、浮き足だった気持ちに後押しされて、私は大胆にも越智さんに向かってこう言っていた。
「じゃあ私をもっと知ってください」
越智さんの目が、唐突な申し出に見開かれる。
キョトンとした表情が目に入った途端アルコールは吹き飛んで、私は瞬時に俯いた。
頬が熱い。
「……いいね」
ふっと空気が緩んで、ゆっくりと紡ぎ出された言葉が私の耳に流れ込んできた。
越智さんがバーテーブルに肘を置き、頬杖をついた気配がする。
おずおずと顔を上げると、意地悪とも挑発的とも取れる笑顔で彼は答えた。
「もっと教えてよ」
ぐっと息が詰まった。
悩殺、まさにそんな感じ。
「んじゃとりあえず、お近づきの印に乾杯しとく?」
心臓をばくばくさせている私と対照的に、越智さんは全く動揺も見せず小さなメニュースタンドに目をやり、キールロワイアルを二つ、オーダーした。
「さすがに明日仕事だし、ワイン一本開けるわけにもいかないしねー」
こんな急展開があると思ってもみなくて、何も言えずにいる私に、彼はまた爆弾を落とす。
「今週末は俺、予定ありなんだよね。
来週末、どう?空いてる?」
こくこくと首を縦に振る。
休みの日は携帯小説にどっぷり浸る以外、予定なんかない。
「ん。じゃあメールするよ。アドレス教えて」
極自然に、恐ろしいほどスムーズに、私は越智さんのプライベートの連絡先を手に入れてしまった……。
届けられたグラスを差し出される。
「乾杯」
笑顔と共にカチンと合わせられたそれに、私は夢を馳せた。
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