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店の近くのバス停まで送ってもらい、私は最終のバスに乗った。
越智さんは帰る方向が違うらしく、「また明日」と手を振って背を向けた。
窓に写る自分の顔が、ものすごく緩んでいて驚く。
でも……仕方ないよね、嬉しいんだから。
ガラスに顔を寄せると、ヒンヤリとした空気が頬を撫でた。
上気した顔にはそれがとても心地よくて、私はガラスに頭をコツンと当てて、窓の外を眺めた。
帰宅してすぐ、越智さんにお礼と帰宅した報告のメールをした。
表示されるアドレスにニヨニヨして、送信をタップするときは嬉しくてさらに顔が緩んだ。
すぐに返事が来るかなってスマホを握りしめていたけれど、メール着信を告げる音が奏でられることはなく。
もう遅い時間だから返信があってもそれにさらに返信することはないだろうけど……返ってくる着信の瞬間を逃したくなかっただけで。
10分待って諦めて、お風呂をためた。
ゆっくり暖まった。
ストレッチもした。
着信はまだない。
いつものように、サイトを見始めた。
お気に入りの小説は更新されておらず、しおりを挟んだ作品を一つ一つ辿って、続きを読んだ。
メールの着信音は鳴らない。
すごく好きだった完結作品を最初から読み直した。
何度読んでも好きな気持ちは変わらない。
心が揺れる、涙が滲む、苦しくなる、ほっとする、嬉しくなる……。
こんなに感情が動いているのに。
いつもなら没頭するのに。
スマホの上部が点滅するのを待っている。
小さな機械が震えるのを、可愛らしい電子音が鳴るのを待っている。
お気に入りの作品も読み終えてしまった。
スマホの画面の隅に小さく表示された時間が、一時を回っている。
部屋の壁時計も、同じ時刻をさしている。
……もう、メールが来ることはないだろう。
自然に溜め息が出た。
浮かれているのは私だけで、彼には深い意図などなくて。
酔っぱらって気が大きくなった堅物女がちょっと面白かったから、そんな気軽な気持ちだったのかもしれないと、悪い方にばかり考えが及ぶ。
ベッドに潜り込み、プラグを繋ぎ、新しい作品との出会いを求めて、リンクを見たりリストを見たり。
タイトルに惹かれてたまたま読んだ作品は、苦しい片想いの話だった。
判ってる。
判ってるけど……。
スマホを握りしめたまま、眠れない。
二人の時間はすぐに過ぎたのに、いつもと変わらないはずの一人の夜は、普段より長く感じた。
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