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「この近辺に早い時間から開いてる店がなかったからじゃない?
それにかけられた訳じゃないよ、あれは事故。
俺は気にしてないから」
「でも……」
「萩原さん」
続けようとする彼女を秋葉くんが制した。
少し気になってちらっと視線を向けると、秋葉くんは不自然な笑顔を浮かべていた。
「あんまり意地悪な言い方しないであげて。
あれで秦野さん、凹んでるんだと思うから。
責めちゃ可哀想でしょ」
そして「ね?」と言いたげにこちらを流し見た秋葉くん。
ムカッ
萩原さんの嫌味も嫌味だが、彼の擁護もどこかしら芝居じみてて、借りを作ったようで嫌だ。
ムスッとした私の顔を見て、秋葉くんはクスリと笑う。
顔をこちらに向けているわけではないので、萩原さんには自分に微笑みかけられたように思えたのだろう、小さく「はい」と答えたのが聞こえた。
あーもう、見え見えでイラつく。
再びモニターに視線を戻した。
お気に入りの男に媚を売っている女の様子なんか見てたって面白くもなんともない。
午前中のうちに片付けなきゃならない仕事が私にだってあるのだ。
紙の束を机の上でとんとんと揃える音がして、秋葉くんの声が聞こえてきた。
「じゃあ、行ってきます。
帰りは早ければ3時半くらいかな。
急ぎの用件が入ったら携帯ならしてくれていいけど、そうじゃないなら掛けなおすから内容だけ聞いておいてくれる?」
「はい。解りました」
萩原さんの張り切った声がする。
彼の専属秘書にでもなったつもりなんだろうか。
「よろしく。じゃあ、出てきます」
秋葉くんは同じ島の同僚に声をかけて、部屋を出ていった。
秋葉くんの後ろ姿を見送った萩原さんが、私をちらりと見た。
キーボードを叩きながらモニターを見る私の視界の端に否応なしに写る。
数秒間私を見続けていた視線は、彼女が席についたことで消えた。
やだな、当たらず障らず目立たずでやってきたのに。
萩原さんが秋葉くん狙いなのは薄々気づいてはいたけど、年下だし、関係ないことなので、特別気を遣うこともなかったのに……また一つ注意することが増えてしまった。
秋葉くんがとっとと彼女作っちゃえばいいのよ。
なんなら萩原さんでもいいし、社内でも社外でもいい。
私は平穏無事に仕事をしたいだけ。
時々越智さんを眺めて、気分よく過ごしたいだけ。
はあっというため息と共に、「印刷」ボタンをクリックした。
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