融かされたい

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印字された用紙をプリンターが吐き出す。 モニター上でチェックはしたけど、一応誤字がないか再確認し、デスクに戻った。 パンフと見積、送り状……と。 会社の封筒を合わせて、隣の後輩、田越くんに手渡した。 「はい。一式。 あとは自分の名刺忘れないで」 「ありがとです。あ、封筒に宛名書いてくれないの?」 田越くんは引き出しから名刺を出しつつ、拗ねたような声を出した。 「担当自分でしょ。それに相手先知らないのに書けるわけないじゃん」 「ああ……」 「いつまでも甘えないの」 入社四年目で教育係を任されて、初めて担当したのが田越くんだった。 ついつい世話を焼きすぎてしまったせいか、彼の性分なのか、若干田越くんは人任せにする傾向がある。 自分の送付資料の封筒、処理した領収や各申請書などが入った社内便の封筒を持って立ち上がった。 「郵便局、銀行を回ってそのまま昼休憩入ります」 課長に了解をとるとロッカーに向かい、カーディガンを羽織った。 うちの会社のロゴが入った紙袋に、秋葉くんのスーツを突っ込む。 時刻は十一時半。 郵便局と銀行を回って、クリーニング店に寄って……40分くらいは休憩できるかな。 寝るか、昼食摂るか……悩むところだ。 足早にロッカールームを出て、エレベーターホールに向かった。 エレベーターを待つ私の元に、萩原さんが駆けてくる。 あー、面倒臭いの来た。 「秦野さん、それ、私が出してきましょうか?」 ……接点持ちたいのは解るけど、お門違いもいいところだと思うのは私だけかな。 「あー、助かる、じゃあお願いします」 私は手に持っていた社内便の封書を彼女に差し出した。 「えっ?」という顔をする萩原さん。 私、根性悪いなあ。 自分に笑いながら封筒を引っ込めた。 「嘘。 今から外なんだけど、総務による用事があるから大丈夫。 スーツは私が汚したものだから、私が出すよ。 クリーニング代も発生するしね。 立て替えてもらうの、好きじゃないんだ。ごめんね。 お気遣いありがとう」 チン エレベーターが開く。 「行ってきます」 にっこり笑ってエレベーターの中へ。 「閉まる」ボタンを押し、閉じていく扉の向こう側に、苦虫を噛み潰したような萩原さんの顔が見えた。 やっちゃったなあ……。 そうは思うけど、どう考えても秋葉くんのスーツを彼女に託すのは違うのだから、致し方ない。
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