154人が本棚に入れています
本棚に追加
嫌い、な訳じゃない。
ただそこはかとなく、ピリピリとしたものを感じる。
言うなれば『危険』。
出世頭でそこそこいい男。
今日みたいに間違ってることはそれとなく止めたり、角が立たないように配慮できる、まともな精神を持ち合わせた男。
これと言って嫌な所などない。
なのに……ピリピリくる。
業務では私はあらゆる課の雑用係。
営業サポートもすれば、プレゼンに駆り出されたり、事務処理もやらされる。
だからといって役職がつくでも、大きな何かを任されるでもない。
たいした不満もないが、確固たる足場がない、まるで根無し草のようだと思うことはある。
そんな雑用係だから、いろんな人と関わりは多いけど、秋葉くんとは関わりたくなかった。
「失礼します」
もうすぐデザートに手が届きそうだという絶妙なタイミングで、店員さんがコーヒーを運んできた。
「ありがとうございます」
言葉を返してコーヒーを置くスペースを作った。
その様子を見ていた秋葉くんは少し表情を緩めた。
「何?」
「いや。別に」
いちいち私の事見て含み笑いすんの、やめてもらえないかな。
私よりも先に食べ終えていた秋葉くんは、すぐにコーヒーに手を伸ばした。
遅れて私もコーヒーカップを手に取る。
んんっ、いい香り。
「少し急いだ方がいいかもよ」
秋葉くんは、腕時計をちらりと見た。
スマホを確認すると、12時45分。
わ、ヤバイ。
小さなフロマージュをパクリと口に納め、甘さを堪能してから、コーヒーを啜った。
「ご馳走さまでした」
小さく手を合わせる。
「ふはっ」
突然秋葉くんが声をあげた。
何事かと顔を上げると、彼は笑いながら言った。
「秦野さんてさ、俺の事、嫌いでしょ?」
「へっ?」
何を唐突に。
「いや、嫌いってこともないけど……」
言葉に困る。
毎日顔を会わせる同僚に、個人的な感情をぶつけるのは得策ではない。
それがマイナス感情なら尚更だ。
「久しぶりに作ってない秦野さんを見た気がする。
新人研修以来じゃね?」
彼はニコニコしているが、私は笑う気にもなれなかった。
「……嫌いって言ったら?」
挑むように秋葉くんの目を見た。
彼は目を細め、口の端を更に上げる。
「面白ぇなって思うね」
何がだっ!!!
「秦野さん、俺と対極の匂いがする」
秋葉くんが鮮やかに……妖しげに笑った。
最初のコメントを投稿しよう!