融かされたい

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雨の日の出勤は、無条件に気持ちが塞ぐ。 踵を絆創膏で守って、スニーカーを履いた。 パンプスは紙袋に入れて持ち歩き、出先で履き替えればいいだろう。 資料は会社の引き出しの中に、すぐに出せるように揃えて入れてある。 忘れ物はないかな。 頭の中で呟いて、出勤用の鞄と紙袋を手に持った。 今日は社外でプレゼンがある。 喋るのは営業だが、資料の配布や投影する画像の操作などの手伝い、プレゼン後のデモンストレーションは私の担当だ。 男性ばかりで殺伐となりやすい場に女性社員が加わると、やはり多少は雰囲気が違うようで、古い習慣だなあと思いながらも前へ習えの状態だ。 最近はプレゼンの場に女性も多い。 実務で使うのは圧倒的に女性が多いのに、使用するソフトを決めるのは肩書きを持っている男性社員……そんな風潮は変わりつつある。 こちらとしても、開発するソフトに現場の意見を取り入れて昨日を追加したり、カスタマイズするのに話がわかる人とやり取りしたいので大いに助かる。 難点を一つあげるなら、女性は女性に厳しいことだ。 女同士だと話しやすいのと同時に、付随するのは業務外の評価。 こればかりはそつなくやるしかない。 会社につくと、課長が妙に心配そうな顔つきで私を呼んだ。 部長席の傍らに立つ課長は眉が下がっているのに、部長は悠然と構えていて、何か失敗でもしてしまったのかと不安になった。 「秦野さん、今日中島についてプレゼンに行ってもらうことになってたんだが、中島が風邪をこじらせてね」 部長が経緯を話し始めた。 確かに、昨日打ち合わせをしたとき、中島さん調子が悪そうだったなあと思い出す。 「で、ぶっつけで悪いんだが、越智と組んでほしいんだ」 越智さんっ!? 組んだことのない人の名前が出た驚きと、仕事とは関係のない浮き足だった感情とのダブル効果で脈が跳ね上がる。 驚いて課長の顔を見た。 課長は相変わらず困ったような顔をしている。 「今日プレゼンするシステム、越智は担当外だからあまり詳しくないんだが、越智しか空いてる者がいなくてね。 突っ込まれたら身も蓋もない。 だから秦野さん、代わりにプレゼンを頼めないか?」 「へっ?!」 間抜けな声が出た。 課長の不安げな顔はこのせいか……。 相手先に顔を出したことがない私がプレゼン……取れるものも取れなくなるかもしれないという心配からだろう。
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