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営業車を運転する横顔をちら見した。
『ごめんね、プレゼン急に任せることになって。
でも商談ついては任せて』
車に乗り込む前、越智さんはそう言って笑った。
うちの会社にあるシステムは、商社向け、福祉向け、医療向けなど様々だが、越智さんは商社向けを担当し、中島さんは福祉向けを担当している。
福祉には商社にはない補助制度が沢山あって、その内容も老齢者向け、寡婦向けなど細かく別れているうえに名称もややこしく、いかに越智さんが優秀な営業と言えど質問が来た場合は困るだろうと思った。
『出来るだけ頑張ります』
とは答えたものの。
何度か経験があるとはいえ、場数からすれば全然で。
整った横顔を見ながら、不安を打ち消そうと思ったけれど、別の意味で緊張感が増してきて顔を背けた。
「緊張してる?」
越智さんに聞かれてドキリとした。
「まあ、多少は」
この緊張感がプレゼンの事でなのか、この空間のせいなのか、はっきりは解らないけれど。
膝頭を見つめる私にちらっと視線を向けてから、越智さんはフロントガラスの向こう側に視線を戻してクスッと笑った。
「なんか新鮮。
いつも会社では堂々としてる秦野さんしか見たことないから」
堂々としてる?
そんな風に見られてるんだ。
そうかな、本人は余裕なくていつもばたついてるような気がするのに。
「秦野さんと一緒に仕事するなんて滅多にないから俺は楽しみだよ」
短く息が止まった。
くすぐったい感覚。
深い意味はないと解っていても、気持ちは風船のように浮く。
「大丈夫、秦野さん知識あるし。
中島と打ち合わせはしてるんでしょ?
資料もあるからなんとかなるよ」
励ましてくれているから、頑張りたいなとは思うけど。
会社の利益にも、中島さんの成績にも関わるし、自信をもって返事などできない。
「はは、出来るだけ頑張ります」
馬鹿なオウムみたいにさっきと同じ微妙な返事を返すにとどまった。
堂々としてる……越智さんの目に私は可愛げなく映ってるんだろうなあ。
媚を売ったり、ビジュアルに神経を尖らせてる萩原さんを羨ましいと思ったことはないけれど、多少なりそんな部分があった方がいいのかもしれないな。
まあ、確かに彼女は可愛らしいし。
営業部の上司からは可愛がられているようにも見える。
靴擦れのせいで色気のないスニーカーの足元を見ながら、ふと、そう思った。
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