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「にしてもよくやったね、急な代役とは思えないほど堂々としてたよ」
髪の毛を拭いながら、越智さんは口許を緩めた。
思いがけぬ賛辞に「ありがとうございます」と小さく返したけど……気恥ずかしくてどこを見ていいのか解らなくなる。
泳がせた視界の端に、施設のロゴが入ったワゴンが動き出すのが映った。
この車が邪魔になる……そう思って視線を移すと、越智さんは既にステアリングを握っていた。
するりと車は動き出す。
そのまま敷地を後にして、車は強い雨の中を走る。
タイヤに撥ね飛ばされた水は、歩道の中程まで散った。
嫌になるくらい酷い雨だ。
「さて、中途半端だなあ。今から帰ったら会社につく頃には昼休憩半分は終わってそうだし。
ちょっと早いけど昼飯食って帰ろうか」
越智さんがステアリング越しにスピードメーターの下の時計を見て提案してきた。
「それは構わないですけど……」
一緒にお昼御飯は嬉しい。
けれども、この雨では車から降りるのも気が重くて、口ごもった。
「もう少し先のショッピングモールの中でいい?
立体駐車場に停めちゃえば雨も気にならないし」
気を遣ってくれることが嬉しい。
然り気無く発せられた言葉の中に、隠された優しさを汲み取って気持ちが浮く。
特に何かが食べたかったわけでもないし、せっかくだからフードコートを廻って、越智さんの好みの食べ物をリサーチするのも悪くない。
彼について一つ知ることが出来ると思うと、ちょっと嬉しくなった。
体調を崩しているのは気の毒だけど、中島さんにちょっぴり感謝したいくらいだ。
これは……「好き」なのかな。
それとも邪な好奇心が錯覚させてる?
でも、ルックスがひどく好みで、微笑まれると心をわしづかみにされるようで。
好きになるきっかけとしては十分なんじゃないの?
そんな風にはねあがりそうになる心。
ワイパーが最高速でフロントガラスを行き来している。
弱まらない雨足は周りの風景を白く煙らせて、すれ違う車が跳ね上げる水が容赦なく降りかかってきた。
恐怖すら感じるほどの雨。
「こりゃすげーな。
ゆっくり行くね、さすがに怖いわ」
越智さんが速度をさらに緩める。
「はい」
昨日の私は最悪で、今日は天候が最悪だけど。
はるかに気分がいい。
緩む頬もそのままに、昨日とは違う晴れ晴れした気持ちでランチタイムを過ごせる期待に胸を踊らせた。
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