融かされたい

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運ばれてきたのはチキン南蛮だった。 カリッと揚げられた鶏の胸肉に、甘酢とタルタルソースがかかっている。 嫌いではないけれど。 昨日もちょっと酸味の効いたソースがかかったチキンを食べただけに、少なからず選択ミスを感じずにはいられなかった。 汁物が榎茸と豆腐のお味噌汁だったことになんだか癒される。 「頂きます」 いつものように手を合わせる。 向かいで越智さんは既に海鮮丼をかきこんでいた。 食後のコーヒーをゆっくり傾けた。 あー、ここでも残念な感じ。 苦味よりも酸味が強いコーヒーはちょっと苦手だ。 越智さんはコーヒーを飲み干すと、「ごめん、タバコ行ってくる」と席を立った。 店を出る背中を見送る。 一人、テーブルに残された。 なんだか昨日と同じパターンだ。 違うのは……テーブルに残された千円札と伝票。 似かよった状況に、少しだけ比べてしまう。 いけ好かないけど、私の状況をよく見てる秋葉くんと。 憧れている越智さんの、意外なほどのマイペースぶりを。 遠く離れた窓に目を向けた。 屋内では気にもならなかったが、外は雷が鳴り始めたようだ。 時おり、鉛色の空に閃光が走っている。 ますます重たい気持ちになって、視線を戻した。 メニューを開いて越智さんが頼んだメニューの価格を確認する。 ……そろそろ五分たつ。 いい頃合いだろうと見計らって席を立った。 会計を済ませて店を出てフロアを見渡すと、片隅に喫煙ブースが見えた。 近寄ると、急かしているように思われるかもしれないので、中央辺りにあったベンチに腰かけた。 ここなら気付いてもらえるだろう。 スマホを取り出して、小説サイトを表示した。 あ、今一番気に入っている小説が更新されてる! キョロキョロと辺りを見回した。 越智さんの姿はまだ無い。 急いでしおりをタップして、文字を追い始めた。 主人公と彼氏の会話。 やり取りのなかに、小さなずれが生じている。 あ、この間彼が気にしてたメール、あれが伏線かな。 楽しみが半減するから、これ以上は考えないようにする。 真相が明らかになってから、また一から読み直すのが好きだから。 更新分を読み終え、サイトを閉じて息を吐いた。 『素直になれない』って永遠のテーマだよね。 ちゃんと言葉にしてればこんな風にすれ違ったりしないのに。 実際問題、素直になれていたら……きっと元カレとの関係も少しは違ってたはずだから。
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