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柱時計が十二時過ぎを指している。
「昼からの仕事、間に合います?」
この酷い雨だ、早めに行動するに越したことはない。
カップを傾ける越智さんを見上げた。
あー。思ったより睫毛長いなあ。
羨ましい。
「ん、じゃあコーヒー飲み終わったら行こうか。
車にごみが残るの嫌いなんだ。捨ててからにしよう」
発した言葉とは関係のないことを考えていた私に越智さんは真面目に答えて、コーヒーを煽った。
提案としては間違ってないけれど、車でゆっくりコーヒーを味わおうと思っていた私にとってそれは想定外の回答で、慌ててカップに口をつける。
コーヒーを飲み干す速度は、スタートの出遅れと熱さが手伝って、歴然とした差が出てしまった。
「……んー、じゃ一服してくるね」
越智さんはダストボックスにカップを落とした後、若干諦めたような雰囲気を纏って、喫煙コーナーに向かって歩き出した。
ああ、言い出すタイミング悪かったな。
カップの蓋を外し、ふうふうと息を吹き掛けながら、最後にため息をついた。
きっと彼に悪気はない。
単にペースが乱されるのを嫌う人なのだろう。
『車内にごみが残るのが嫌い』
そんな先制攻撃に怯んだばかりに、味わいたかったコーヒーを流し込む作業に追われた。
『私が持って降りますから、車で頂いてもいいですか?』
そう言えば状況は変わったかもしれないのにな。
「あつっ」
少ししか含まないつもりでいた香り立つ液体は思いの外多く流れてきて、舌先を火傷した。
ピリピリと鈍く痛む、舌と心。
背中が遠くなっていった方向を見ると、小さなブースの中で、スマホを片手にタバコをくわえる越智さんの姿が見えた。
やっぱりタバコ吸うんだ。
店から出ていったとき、彼はタバコを吸うつもりで。
だけど、コーヒーショップが目に入って、気持ちが傾いただけなのだろう。
都合よく考えて、ちょっぴりときめいていた自分が浅はかすぎて、またピリピリと心が痛んだ。
私は……本当に恋がしたいのかな。
肌寒い季節だから、誰かそばにいて欲しいだけ?
そこはまだよく解らない。
だけど、越智さんを知りたい。
見た目だけじゃなく心奪われる何かを見たい。
そして融かして欲しい。
紫煙を燻らせる彼を遠目に見つめた。
この気持ちが恋なのか、単にテレビの中の人を見てる感覚なのか突き詰めたかった。
……頭で考えるうちは恋じゃないということに気付きもせずに。
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