融かされたい

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どうにか飲み終えて、カップをダストボックスに入れて振り返ると、越智さんがブースから出てくるのが見えた。 『間に合った』……ほっとすると同時に気持ちの隅っこに空しさが居座っているのに気付く。 コーヒーくらい会社に帰ってまた淹れたらいいじゃない。 そうやって自分を宥める。 「お待たせしました」 「いえいえ」 駐車場に戻るエレベーターの中で、五百円玉を差し出した。 「これ、ランチのお釣りとコーヒー代です」 越智さんは一瞬驚いた顔をしてから笑った。 「ははっ、律儀だなあ。 お釣りくらい取っとけばいいのに。ありがと」 そう言って硬貨を私の手のひらからつまみ上げ、右のポケットに落とす。 「いえ、コーヒーご……ありがとうございました」 『ご馳走さまでした』と言いかけて言葉を変えた。 たった今返金したのに、嫌みに聞こえてしまうかもしれない。 そんな考えを巡らせる私の様子を気にすることもなく、彼はスマホを弄っている。 どうしたら私を見てくれるかな。 越智さんの好きなタイプってどんな人なんだろう。 画面を行き来する指先を眺めて思う。 ……あの指は肌の上で一体どんな動きをするのかな……。 邪な考えが過って、慌てて視線を外したときだった。 チンという軽い音と共に、エレベーターのドアがするすると開いた。 「じゃあ安全運転で帰りますか」 左手に持っていたスマホを胸ポケットにいれると、颯爽と越智さんは歩き出した。 後ろ姿も凛々しいと思う。 それを目に写しながら、ふと昨日見た同じような色のスーツの後ろ姿を思い出した。 ……そういえば、秋葉くんにご馳走さまって言えてない 私が置いた紙幣を受け取らず勝手にさっさと支払ったのは彼だし、あの後別行動だったけど。 今朝は部長達に呼び出されて話す時間もなかったけど。 気付いたのに黙っているのは気持ちが落ち着かない。 お金を返すのは煩わしいだろうから、明日スーツと一緒に何か返そう。 そう決めて。 雨はまだ激しく、空には稲光が走る。 対向車のヘッドライトが雨に滲んでいる。 せっかくの越智さんとの時間なのに、こんな悪天候。 ステアリングを握る越智さんは運転に集中していて、声を掛けるのを遠慮してしまう。 無言のまま時間は過ぎる。 車内には小さくラジオの音がしているが、雨の音に邪魔されて、ほとんど聞こえなかった……。
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