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お蕎麦屋さんを離れ、会社に向かって歩き始めた時だった。
道沿いのコンビニから、越智さんが出てきた。
「あ、秦野さん、今お昼終わり?秋葉と一緒だったの?」
越智さんは何の含みもなく言ったけれど。
私と越智さんの間には何もないのに、なぜか後ろめたさが募る。
ある意味、萩原さんよりこんな場面を見つかりたくなかった。
言葉に詰まった私をフォローするように、秋葉くんが会話を繋げる。
「クリーニングに出してたスーツを返してもらう約束をしてただけですよ。
昨日、秦野さんはデモだったからいなかったし」
「ああ、コーヒーかけられたってやつか」
やっぱり私が故意にかけたことになってるんだ……。
もちろんかけたのは事実だけど……こんなことは色んな修飾を纏って広がっていくものだ。
「俺がぶつかったんですよ」
さらっと答えて秋葉くんは笑った。
「なんだ、秋葉が秦野さんにちょっかい出してかけられたのなら面白かったのに」
越智さんは秋葉くんをからかうと、私に向かって笑った。
「そうそう、秦野さん。今度お好み焼き付き合ってよ。
あれから、お好み焼きが食べたくてしかたないんだよね」
その笑顔は兵器のように心を貫く。
「は、はい、私でよければ是非」
吃りながらも答える。
誘ってもらえた嬉しさが込み上げて、顔が緩んで仕方ない。
「じゃ、今度の定時退勤日に。あ、俺社用車だからこっちなんだ、じゃあね」
「今から出先ですか?」
「うん、一時半までに来いって言われてるんだよね、今日は車の中で飯だよ」
困ったような笑顔で答え、越智さんは背を向けて駐車場へ向かった。
「行ってらっしゃい、気を付けて」
「ありがと」
背中越しに声が返ってくる。
スーツの背中を見送っていたら、頭上から視線を感じた。
見上げると、どこか冷めた目をした秋葉くんがじっと私を見つめていた。
「なに?」
視線をそらしつつ問いかけると、秋葉くんはふっと息を吐いた。
「いや、秦野さんも越智さん狙いなんだなって思って」
少し冷たい声。
「狙いっていうか……だって素敵じゃない、越智さん」
答えて先を歩き始めた。
嬉しくて、秋葉くんに緩んだ顔は見られたくなくて、足早に歩く。
だから私には、彼が無表情で呟いた声は届かなかった。
「ガード堅い割りに見る目無ぇな」
浮かれきった私が自分の見る目の無さを知るのは、もっと後になってからだった……。
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