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じゅうじゅうと鉄板の上で音を立てる生地を前に、越智さんは一足先に生ビールのジョッキを傾けている。
外の寒さは日に日に増していくけれど、鉄板の前は暑いくらいで、ジャケットを脱いで薄手のセーター姿になった私は冷たいウーロン茶を口に含んだ。
約束していた定時退勤日、会社から大して離れていないお好み焼き屋に連れていかれた。
最近開店したのか、店内はとても綺麗で、お好み焼き以外にも創作料理がメニューに並ぶおしゃれな店だった。
生地を混ぜ、鉄板に落とすときのじゅわっという音は、嫌が応にも食欲を刺激する。
これにソースがかかったときの香りを期待してしまう。
「やっぱカウンターにすれば良かったなあ。
自分で焼くより焼いてもらった方が美味くない?」
越智さんはばつの悪そうな顔で問いかけてきた。
「え、私は好きですよ、自分で焼くの。楽しいじゃないですか」
ニコニコ答えたけれど、越智さんのテンションは上がらない。
んー……。
お好み焼きって焼いてもらうものなの?
焼くのが醍醐味だと思ってたけど。
私が黙っていると、彼はジョッキをゴトリと置いて、拗ねたように話し始めた。
「実は俺さ、ひっくり返すの怖いんだよね。
昔自分でやったときに、派手にやっちゃったから」
「派手に?」
「うん、半分鉄板からはみ出しちゃって、服は汚すわ、お好み焼きはぐちゃぐちゃだわ、もう最悪。
あれ以来いつも焼いてもらってる」
苦笑しながら「カッコ悪いからこれ内緒ね」と人さし指を立てた。
……トラウマってやつですか。
「私、やりますよ?」
「うん、お願い」
一言言うと、またジョッキを手に取った。
カウンター席は満席ではなかったけれど、並びで二席空いてなくて。
自分で焼くのが好きな私はテーブル席を躊躇なく指差したけれど、越智さんは嫌だったらしい。
「ごめんなさい、カウンター詰めてもらえばよかったですね」
そんな事情があったなら言ってくれれば良かったのに……そんな思いを飲み込む。
「いや、ちょっと誤魔化せたらいいなって思っただけだから。
いい年なのに出来ないとか情けないじゃん?
ま、秦野さんにはカミングアウトしちゃったから、焼き係りは頼んだ」
笑いながら自分のところにあった大きなヘラを差し出してくる。
「わー、プレッシャーだ、失敗したらどうしよう」とおどけると、越智さんはキラースマイルで言った。
「美味しいの焼いてね」
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