明け方の夢

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女性が傷ついたような表情を浮かべたのが目に映る。 じっと見つめるが、やっぱり解らないものは解らない。 悲しげに揺れる瞳が潤み始めたのに気付いて、ぎょっとしてしまう。 兄貴が難しい顔をした。 「お前、頭強く打ったのか?」 「……ん~、むち打ちで脳は揺れてると思うけど、強打はしてないらしいよ」 「記憶吹っ飛んだのか? あんなに意気投合して、ため口聞いてた癖に」 兄の疑わしげな視線は、俺と女性の間を往復する。 俺が? この人と? 記憶のどこを探っても、名前はおろか、顔さえ思い浮かばない。 本気で初対面としか俺には思えなかった。 女性は潤んだ目を伏せ、自嘲気味に微笑んだ。 「ごめんなさい、外します」 そう言うなり病室を出ていった。 残された俺と兄は、声を潜めて彼女について話した。 「で、誰なの?兄貴の秘書?それとも彼女?」 「おいおい、いい加減にしろよ?」 「こっちが言いたいよ」 兄が目を丸くする。 「……本当に解んないのか?」 「怪我人いたぶって楽しいのかよ?」 苛立ちを隠せない。 そんな俺を見て、兄貴はやっと俺の訴えが冗談ではないと悟ったらしい。 大きな溜め息を一つ吐き出して、抑揚のない声を出した。 「琴子だよ、俺のかみさん」 ……。 「はい?」 空気が白けるのが目に見えるようだ。 カミサン……つまり、奥さん。 「え?」 お互いが呆けた顔を見合わせた。 ……ちょっと理解が出来ないんですけど。 いくら関係の薄い家族とはいえ、式を挙げたなら出席はしてるはず。 しかし俺は、兄貴が結婚していると言うことさえも今知った。 全く意味が解らない。 沈黙の落ちる病室に、飲み物を抱えた琴子サンが戻ってきた。 潤んだ瞳はもう乾いていて、どこかで気分転換をしてきたのだろうと窺えた。 琴子サンを見た。 じっと見た。 目が合う。 それでも解らず、俺は視線を反らした。 「ねえ、孝太郎くん。本当に解らないの?」 彼女の問い掛けに答えられない。 『傷付けてしまう』……そんな気持ちが胸のうちにあった。 「……はは。 ……私、孝太郎くんに忘れられちゃってるんだね……」 揺れる栗色。 憂いを帯びた笑み。 切ない気持ちになるが、どうにもならない。 微妙な空気が病室に充満していた……。 ……ここに来て俺は、案外記憶喪失ってのは自分の身に起こりうるものなんだと知った。

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