礼拝堂の逆説

4/10
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
「あっ」 焦りを帯びた声に、先輩は踏み出そうとした足を止めてくれた。 「違うんです。特に何も........考えていた訳ではなくて。 聴いていては、ダメでしょうか」 ついそう言ってしまってから、口を覆う。 なんて厚かましいことを。 先輩は、 練習に集中したいに決まっている。 「申し訳ありませんでした。 練習のお邪魔ですよね。外で聴かせて頂きます」 先輩の脇を抜けてドアに手をかけようとした。 肩を、抑えられる。 強い力ではない。 力があったのは、先輩の目だ。 「聴いていて結構よ。でも、後にしましょう。何があったの?」 優しく、じっと目を覗きこまれた。 そんなふうに覗きこまれたら。 内側の汚いところまで見透かされそう。 「夏の休暇届けは出しているの?」 「はい、今日の夜に........戻ります」 「そう。寂しくなるわね」 「先輩は、お戻りには....?」 「帰るわ。来週までは、オルガンの練習を言い訳に延ばせたの」 ふふ、と悪戯っ子のように先輩が笑った。 「須藤さんは、綺麗な声をしているわね」 不意にそう言われ、顔に熱が集まった。 「賛美歌をとても大切に歌っている感じかしたの。」 オルガンの椅子に、並んで座るよう勧められる。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!