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「不味い」
右手に持っていた箸を置いて、辟易とする青年、ルカ・カルヴェスはそうつぶやいた。
隣りで美味しそうにパクパクと食事をしているのは父の弟である。
叔父は昔から日本食が好きで、今日も自分に美味しい日本食を紹介するつもりでここのスシ屋を選んだのだろうが、しかし、ルカは基本的に日本食が苦手だった。
このスシのように生で生き物を食べるとか、豆を発酵させてわざと臭くさせて食べるとか、ルカには到底理解しえない未知の料理だ。
先ほどスシ屋の日本人シェフが「さっきまで生きてた魚だよ!」と自慢げに言ってきたが、喜ぶ叔父に対してルカは「はぁ、」と気の抜けたような返事をするしかなかった。
ルカがウェルダンに来た理由は大学の長期休み中に叔父の息子にチェスの講師をするためだった。普段なら断るが、叔父の頼みとあってはそうも言ってられず、2つ返事で依頼を受けたのだ。
「なんだルカ、もう食べないのか?」
先ほどつぶやいた「不味い」という言葉は聞こえてなかったらしく、叔父は自分の分をたいらげた後、ルカのスシにも箸をのばしてくる。
「んー、あまりお腹空いてないんだよ」
というのは嘘で、実はさっきから空腹の虫が叫んでいた。なんとか水でごまかしているが腹の虫はそろそろ水だと気付いてきたらしい。
夕食の時間だからお腹が減るのは当たり前だが、スシは食べたくない。わがままだなんだと言われようが嫌なものは嫌なのだ。スシが食べれないくらいで死ぬわけじゃあるまい。
「ルカ、そのホタテもらってもいいか?」
「いいよ、ホタテと言わず全部食べていいから」
自然と声のトーンも落ちているが、そんな様子に叔父は全く気付いていなかった。
まったく、なんでこんな人間からあのような息子が生まれるのか。
叔父の婚約者は日本人だった。
生まれてきた子供は日本とフランスのハーフで、互いの国の良い所を全て集めてできたような子だった。見た目も叔父に似て鼻筋が通ってるし、性格も日本人の母親に似て思慮深い。それに頭も良く、さっきまで教えていたチェスも飲み込みが速いからとても楽だった。
「叔父さん、だし巻き卵食べたい」
「おお!日本の卵はうまいぞ!ダシが効いてるからな!ダシが!」
やたらめったら日本語を使いたがるのは叔父の癖である。
「よし、頼もう」と言って叔父は日本人シェフに、そのダシとやらが効いた卵焼きを注文する。これならまあ、食べられるだろう。
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