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「疲れたわね。今日は出前にしましょう」 一緒に荷物を運んでくれた志帆さんがドアの鍵を解く。 ひと月前までお世話になっていたのに、蓮さんのマンションに慣れてしまっている視界が違和感を覚える。 廊下を歩いてリビングへ入ると、冷房の涼やかな空気に一気に包み込まれた。 夕日で染まる部屋に電気をつけると、隅に置かれたキャットタワーからこちらを振り返る黒猫。 「にゃっ」 ルークは軽快にタワーから飛び降りた。 駆け寄ってきて私の周りをくるくる回る。 「ルークはあなたに会えて嬉しいのね」 「にぃーにぃー!」 志帆さんの言葉に同調するように身体を擦り付けてくる。 「ルーク、大きくなったね」 すっかり大人の猫と変わりない体を撫でる。 あと男の子だからか、前より脚ががっちりした気がする。 小さなきなこと一緒にいたから、ルークの成長が余計に著しく感じてしまう。 今頃、蓮さんときなこどうしてるのかな。 辿り着くのはやはりそこで、寂しさともどかしさが全然胸から消えない。 ぼうっとしていると、急に目の前のルークが宙に浮く。志帆さんが抱き上げたのだ。 「ルーク、唯ちゃんは疲れてるから大人しくしてて。あ、晩ご飯お寿司でいいかしら?」 「は、はい」 「せっかく唯ちゃんもよくなったし、特上にしましょう」 「え?い、いいんですか?」 「ええ。私も短編漫画のコミック化が決まったの。唯ちゃんが帰ってきたら一緒にお祝いしたくて」 淡々とした口調はそのままだけど、優しい声にぐっと涙腺が熱さを持ち始める。 「私こそ、何度もお世話になって……」 もう、宗介くんの婚約者でもない。 ただお兄ちゃんが志帆さんと同級生というあやふやなものだ。 ここまでしてもらう理由はないのに、本当によくしてもらっている。 このまま甘えてばかりではいけない。 症状はよくなっているから、早めにどこか引っ越す場所を探さないと。 塞ぎ込んでばかりでもいられないと思っていると、志帆さんはさっさと注文を終えてスマホをテーブルに置いた。 「あと私、やりたいことがあるの。唯ちゃん付き合ってくれる?」 「やりたいことですか?」 「ええ、小さい頃からの夢」 何だろ? 首を傾げると私に志帆さんは控えめに頬を上げて、ルークの喉を撫でた。
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