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「私も考えたのですが、『きなこ作戦』はいがかでしょう?」
「き……きなこ作戦?」
クールな切れ長の瞳が一切揺れることなく何やら可愛い単語を言うから、私の脳みそは誤作動を起こす。
きな粉?いや、この場合は猫のきなこ?
「きなことは……あの垂れ耳の、きなこですか?」
「はい、あの子猫でございます」
念のため確認すると、相模さんは安全運転を崩すことなく、これまた真顔で首肯した。
「あの庇護欲をかき立てる困り顔で首を傾げて見つめられると、拒絶しがたい気持ちになります。斎藤様はきなこと同じ匂いがするので、案外上手くできるのでは?」
同じ匂い……。
確かに蓮さんから「しょげた顔が似ている」と言われたけども、まさか相模さんまで……。
私ってそんなにいつも困っているイメージなのだろうか。
いや、実際このところいろいろ困り果てて、顔が死んでいたと思うけど、きなこのは生まれつきだ。狙ってあの顔をしているわけではない。
しかも、あれは猫だから可愛いんであって、実際人間、しかもどこぞの美姫でもない平凡な私がするとぶりっ子以外の何者でもない。
ただただ痛いような……私もうアラサーだよ?
自分のきなこ化を想像してみたら、何とも奇妙な映像が脳内で流れて寒気がした。
絶句していると、ふっと笑う気配がする。
相模さんがほんの少し口の端を緩めていた。
私と目が合うとすぐにそれは引っ込んでしまったけど。
「気難しく考えずに、気楽にいったほうがいいと思いますよ。大きな獣に同じように牙で勝負するよりは、可憐さで翻弄したほうが効果があるかと。適材適所といいますか、斎藤様自身の特性を活かしたら、万が一が起きるかもしれません」
「私の特性……」
「蓮様は、あなたといると『癒される』とよくおっしゃっていました」
彼がハンドルを切ると、ホテルの敷地内に入った。
そのままエントランスへと流れるように車を止める。
「こちらのホテルの一階にあるイタリアンレストランにて、『花山』で予約しております。では、ご武運を祈ります」
「あ、ありがとうございます」
私が頭を下げた時、ドアマンが後部座席を開けた。
ここまで来たら、もうやるしかない。
私はクラッチバックを握りしめると、外へと一歩足を踏み出した。
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