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案内図を見た後、広いホテル内をキョロキョロしながら歩く。 八時前の早い時間でも、チェックアウトに荷物を携えて歩く人もいれば、朝食を食べにレストランへ入る人もいて、人通りはわりとある。 「……ここだ」 ホテルの最奥のレストラン。 一階にイタリアンレストランはここだけだから間違いない。 私は入り口に立つホテルマンにそろそろと近づいた。 「あの……」 「いらっしゃいませ」 三十代後半くらいの眼鏡を掛けたその人は、緊張と高級ホテルの雰囲気に呑まれてぎこちない私にも優しい笑みを向けてくれる。 「こちらで人と会う予定をしておりまして……『花山』で予約していると聞いたのですが」 ただ、『花山』という名前を出すと少し目の奥が揺れる。 それも一瞬で、すぐに眦を落とすと「仰せつかっております。どうぞこちらへ」と店内へ案内してくれた。 入り口から入ると大きく広がるホール。 均等に並べられた丸テーブルは朝食をとる人々で埋まっている。 その間を重厚な赤い絨毯にヒールを取られながらも、ホテルマンの後に続いて抜けていく。 途中小さな階段を降りてさらに広いホールへ降りる。 テーブルは同じように置かれているのに、こちらには誰も人がいない。 朝食の時間は開放していないのだろうか。 その一番奥の窓際のテーブル席に来て、彼は立ち止まった。 「こちらでございます」 すっと引かれた椅子におずおずと腰をかける。 「何かお飲み物でもいかがでしょうか?」 「え?あ、いや、いいです……先方が、いらっしゃってからにします」 「かしこまりました」 一歩退いて頭を下げると、彼は来た道を折り返していった。 一人残された私は時計を見る。 八時。 それが待ち合わせ時間だった。 もうすぐそこに時計の針が進もうとするところ。 緊張が高まってきて、どうにも落ち着かない。 失礼のない範囲で周囲を見回す。 「すごい、庭……」 つい独り言を呟いてしまった。 窓から見えるそこは中庭で、西洋風の整った庭園が夏日に照らされて生き生きと輝いていた。 小さいけど噴水もある。 どこかのお城みたい。 涼しい室内から臨む美しい風景があまりに非現実的で、どこか夢の中にいるような気がしてくる。 いけない、いけない。今からだっていうのに。 気を引き締めないとなと座り直したところで、人が近づいてくる気配がした。 振り向くと目的の人物が颯爽と歩いてきていた。 「待たせたかな?」 「い、いいえ!私も来たところです」 高そうなスーツを身に纏ったその人は軽く手を挙げる。私は慌てて立ち上がった。 間違いなく、蓮さんのお父さん。花山景虎氏だ。 前に会ったのは夜の時間帯だったけど、朝の時間でもそのオーラの重厚感は減っていない。 むしろ、より明るい場所で見ると、その醸し出す迫力に目を奪われる。 なんだろ、めちゃくちゃ背が高いわけでもないのに。 体型もがっちりはしていても、決して大きいわけでもない。 重鎮感というのか……積み重ねてきた経験がそうさせるのか。 本能的に萎縮しながらも、私は頭を下げた。 「本日は急にお時間取っていただきまして、ありがとうございます」 「いや、こちらこそ朝早くしか空いていなくてすまないな。大体仕事で、食事の時くらいしか個人的な時間が取れないんだ。まぁ、そんな力まず楽に座ってくれ」 ガチガチに固い私に着席を勧めると、自分は向かい側へと進む。 私が腰掛けると、後ろからついてきていた先ほどのホテルマンが、絶妙なタイミングで景虎さんの椅子を引いた。
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