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腰を下ろした景虎さんは白いテーブルナプキンをさっと膝に敷く。
「君も朝食はまだだろ?」
「え?えっと……」
「どうせ緊張して何も食べてないのだろ?せっかくだ。ここの料理は美味い。ご馳走するよ」
「そ、そんな!私がお呼びだてした……」
「娘より若い女の子に奢られるとは俺の面目立たない。それに女性との食事は有意義なものだから、金は惜しまないようにしている」
何とも紳士のような言葉に耳を疑う。
威圧感はあるけど、前会った時のような横柄な態度は皆無だ。
それに、少しだけ声音が柔らかくて、口元が優しげに緩んでいる気がするのは目の錯覚ではないはず。
相模さんが言うとおり、機嫌はいい……と思われる。
「好き嫌いはあるか?」
「と、特には」
「私と同じものを。飲み物はどうする?」
「あ、こ、紅茶で」
「かしこまりました」
ホテルマンは一礼すると、さっと踵を返していってしまった。
どうしよ……ご馳走される流れになってしまった。
確かに緊張で何も喉を通る気もしなくて食べていなかった。
これから蓮さんのことをお願いするのに奢られると心苦しいな……。
律儀な性格が逆に弱気を呼び起こしてきて、はっと我に返る。
い、いや、それとこれとは別だ。
言う。言うよ。
ちゃんとバシッと言ってやるんだから!
「あ、あのっ」
テーブルの下で両拳を握りしめ、意を決して声をおなかから出す。
すると、向かい側の切れ長の両眼が静かに私へ照準を合わした。
「なんだ?」
「……い、いえ」
眼力に負けて、あっさり視線が逃げる。
まるでスナイパーみたいな目に、さっきの勢いも塩を振りかけられたナメクジみたいに縮んでいく。
相模さん曰く、私に備えられたオプションは『癒やし』らしいけど、それってよく考えたら自分でどう放出しているのかわからない。
そもそもそんなふんわりしたものが、この人に通用する気が全然しない!
「蓮のことだろ?」
軽くパニックになっていたら、景虎さんから蓮さんの名前が出たからびっくりして固まる。
どうしてわかったのかと思っていると、呆れた顔で嘆息された。
「逆に聞くが、君がわざわざ俺に会いに来る理由なんて、蓮以外に何がある?」
「そ、そうです、けど」
「話は聞く。だから、そうビクビクするな。食事もまずくなる」
「す、すみません」
た、確かに。
目の前で暗い顔をされていたら、気分は悪い。
せっかくご機嫌なのに、私が台無しにしたらこの機会も水の泡だ。
まず機嫌を損ねないようにして、上手くいい流れに話を持っていかなければ。
今、私には少しでも成功率を上げる手段を取るしか方法がない。
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