理想と現実

10/17
前へ
/1502ページ
次へ
「え?」 空耳かと思ったけど、それは次第に大きくなり、やがて姿を現した。 黒い子猫だ。 闇夜にとけてしまいそうだけど、外灯の光で辛うじてわかる。 子猫は窓ガラスに近づくと行儀よく座って、驚いて固まる私を見上げてくる。 我に返って慌てて窓を開けた。 「君、どこから来たの?」 訊いたって答えが返ってくるわけでもないけど、思わず話しかけてしまう。 見ると赤い首輪がついている。野良ではないようだ。 「もしかして、隣?」 隣との間切りの下、排水のための溝の部分に少し空間がある。子猫なら通れないこともない。 そういえばここペットOKだったなと思いつつ、とにかくこのままベランダで放置できないので子猫を抱き上げた。 その時、ピンポンとインターホンが鳴った。 「は、はい」 隣の人が子猫に気づいたのかと思い、抱きかかえたまま玄関に移動する。 さらに鳴るインターホンに急かされてドアを開けると、桜を背に男が立っていた。 少し茶色がかった髪に切れ長だけど二重の瞳。 高い鼻は筋が通っており、その下には形のよい薄い唇。 絵に描いたような美青年。 最も秀麗な顔に息を呑んだのは別の意味でだ。 この男を知っていた。 佐野宗介。 私の天敵。
/1502ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4038人が本棚に入れています
本棚に追加