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「え?」
空耳かと思ったけど、それは次第に大きくなり、やがて姿を現した。
黒い子猫だ。
闇夜にとけてしまいそうだけど、外灯の光で辛うじてわかる。
子猫は窓ガラスに近づくと行儀よく座って、驚いて固まる私を見上げてくる。
我に返って慌てて窓を開けた。
「君、どこから来たの?」
訊いたって答えが返ってくるわけでもないけど、思わず話しかけてしまう。
見ると赤い首輪がついている。野良ではないようだ。
「もしかして、隣?」
隣との間切りの下、排水のための溝の部分に少し空間がある。子猫なら通れないこともない。
そういえばここペットOKだったなと思いつつ、とにかくこのままベランダで放置できないので子猫を抱き上げた。
その時、ピンポンとインターホンが鳴った。
「は、はい」
隣の人が子猫に気づいたのかと思い、抱きかかえたまま玄関に移動する。
さらに鳴るインターホンに急かされてドアを開けると、桜を背に男が立っていた。
少し茶色がかった髪に切れ長だけど二重の瞳。
高い鼻は筋が通っており、その下には形のよい薄い唇。
絵に描いたような美青年。
最も秀麗な顔に息を呑んだのは別の意味でだ。
この男を知っていた。
佐野宗介。
私の天敵。
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