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「何ボーっとしてんだよ」
「ご、ごめ」
「荷物持つ」
そう言って私の手からスーパーの袋を取ろうとする。私は慌ててその手から袋を遠ざけた。
「い、いいよ。病人なのに」
「すぐそこだし、熱もうねぇよ」
嘘だ。そんなすぐに熱が下がるわけがない。
と言おうとしたらバイクの音が背後からした。反射的に振り返って身構える。通り過ぎるまでその姿をじっと目で追う。
あの日、バイクに引き摺られてからバイクやそのエンジン音に過敏に反応してしまう癖。
時間は流れてもこれだけはまだ治らない。
「大丈夫か?」
身を強張らせていると佐野が声をかけてきて我に返る。
やば、過剰に反応しすぎたかな。
事情を知らない人からしてみれば挙動不審。さぞ怪訝に思うことだろう。
だけど、佐野はいたって普通で、むしろいつもの感情が読みにくい無表情のままだった。
「う、うん」
「さっさと薬もらって帰るぞ」
一瞬で私から袋を奪うと先に歩き出した。
何も突っ込まれなかったということは、それほどおかしくなかったのかとほっと息を漏らす。
過去の記憶を掘り返すのはやはり恐怖が伴う。何も知られないことが一番楽だった。
結局、佐野がずっとハイツまで荷物を持ってくれた。
私はひとまず自分の荷物を部屋に置いてから、また佐野の部屋を訪ねた。
「飲み物とか冷蔵庫に入れておくね」
「ありがとう。俺、ちょっと風呂入る」
「じゃあ、その間に洗濯しちゃうね。パジャマとか汗かいたでしょ?」
佐野が浴室に入ってから洗濯カゴの中のジャージとTシャツを洗濯機に入れていく。
下着は佐野が気を遣ったのか先に洗濯機の中に入れてあった。
昨日、下着を渡した時の微妙な顔が思い出されて密かに破顔した。
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