落ちる

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彼はそのまま自分の背中に私の手を導く。 「掴まりな」 「で、でも」 「唯ならいいよ。引っ掻こうが噛みつこうが好きなだけどうぞ」 彼にはめずらしく少し茶化した言い方をする。 それは私に気を遣わせないためだとわかっているけど、『お前は特別だ』と言われているようで、甘い言葉にきゅっと胸を締め付けられた。 汗ばむしなやかな背中、触れあう肌の熱。 全部愛おしくて。 身体を少し起こして、自分から彼の唇にキスをした。 「好き……」 勝手に言葉が零れる。 そして、数秒後には後悔が嵐のように押し寄せてきた。 目の前の彼は瞠目して固まってしまったから。 引かれた。 彼に恋愛感情があるわけないのに。 目の前が霞んできて、熱い雫が落ちそうになるのを瞼を閉じて防ぐ。 絶望を受け入れる勇気がないのに、どうして言ってしまったのか。 抱いてくれているから錯覚を起こしていた。 確証なしに感情で先走って、勝手に自滅だ。 自分の浅はかさに唇を噛み締める。 苦い感情が口の中に広がる中、温かな感触が唇に触れる。 よく知っている柔らかなそれに驚いて目を開けると、堪えていた涙が一粒流れ落ちていった。 「本当に?」 驚きと喜色が籠った声で問われる。それは表情にも表れていて、嬉しそうに綻んだ彼に強張った心が解れていく。 私は恥ずかしさに目を伏せながらも頷くと、抱き締めている彼の腕に力が籠るのがわかった。 「俺も、好きだよ」 優しく、熱っぽく囁く声に私の細胞全てが再び熱を持つ。その拍子に収まっていたはずの涙が次々溢れてきて。 拭おうとしたら彼の指が先に私の頬に触れた。 涙の軌跡を撫でてから、慈しむようにそっとキスを落としてくれる。 それだけで、今までの恐怖や悲しみでぽっかり空いていた穴が塞がっていく感覚がしてまた涙が出た。 昂った感情に呼応するように唇を合わせると、お互いの存在を確かめ合うように再び求めあった。 理性なんてもうどこにもなくて、ただ与えられる快感に乱れて。 駆け上がるように快楽の波が押し寄せてきて、初めての迫る感覚に彼にぎゅっと抱き着くと、同じように抱き返された。 それが合図みたいに真っ白な世界に落ちていった。
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