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午後八時半過ぎ。
店のシャッターを下ろして帰路に立つ。
大沢幸樹。
二十七歳。不動産勤務。
生まれながらの愛想の良さとポジティブさでわりと上司からも大家からも受けがいいと自分でも思う。
だけど、今日は暇だった。引っ越しシーズンが終わったこともあり閉店間際までいる客もいなかった。忙しいと疲れてストレスだが、暇は暇で社会人としての危機を感じる。
先輩たちは早々に仕事を切り上げて帰った。こういう暇な時は飲むに限るらしい。俺は仕事があるからと断ったけど、付き合いも程々にしないと財布の金がすぐに飛んでいく。
来月、結婚する。
一家の柱になるということは独り身の気軽さのままではいられない。普段の受けがいいから飲みを一回断ったところで響くものではないから問題ない。
外の空気を吸ってふぅと息をつく。凝り固まった首を鳴らして鞄から携帯を取り出した。
美晴は帰ってるかな。
もうじき式を挙げる愛しい恋人を思い浮かべてニヤけてしまう。
最近一緒に住み始めた。
パティシエの仕事をしている彼女とは高校が同じで一年前の同窓会で再会した。自分でいうのもなんだが、可愛い。小さくていちご大福みたいだといい意味で言ったら怒られたけど。
恋人の姿を思い浮かべて『もうすぐ帰るね』とメッセージを送ろうとした。
そのタイミングで画面に『美晴』と表示され震えるスマホ。
以心伝心じゃんと少しテンションが上がったところで電話に出る。
「はいはーい、みは……」
「今すぐ唯の部屋に来て」
可愛い、とは程遠い低い声だったけど、美晴だ。
恐ろしく怒っている。
「ど、どうした?」
「どうしたもこうしたもない!早く来い!」
ブチッと通話を切られた。
これは相当怒っている。
わりと感情表現はするから今までだって大ゲンカはしてきた。
けど、今回、相当頭に血が昇っているようだ。
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