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ていうか、このまま連れて帰りたい。 学祭なんてほったらかして、俺の部屋で柔らかそうな身体を抱き締めて。 男だからやっぱりそういう妄想をしたことは何度もある。 彼女がこんなに近くにいる今、余計に思考そっちへ寄っていってしまうのは、生理的に仕方のないことだった。 まぁその前に付き合わないと犯罪になるんだけど。 悶々としながらどうしようかと思案していると、背後から甲高い笛の音がする。 「そこの自転車!二人乗りはやめなさい!」 振り向くと中年の警察官が眦を吊り上げてこちらへ自転車で向かってきている。 「やべっ」 「お、おおお、降りたほうがいいよね?」 斎藤が警察官と俺を交互に見てまた小動物みたく狼狽える。 降りたとしてお説教されるか最悪学校にまで通告されるか。 どちらにせよ、ここで捕まると告白どころか後夜祭とか誘う空気じゃなくなる。 幸い、警察官は人差し指程度の大きさに見えるくらいの距離。 「いや、逃げ切る」 「ええ!?」 「ちょっと飛ばすからしっかり掴まってろよ」 俺はハンドルを握りなおすと、足に全力を込めて漕いだ。 松中の古い自転車がギーギー文句を垂れながらもスピードをあげていく。 「こらー!」 警察官の怒声が後ら飛んできたけど、声の小ささから距離をどんどん離せているようだ。 角を適当に曲がってしばらく漕いでいると声も追いかけてくる気配もなくなった。 「もう大丈夫だろ?」 漕ぎながら軽く振り向くと誰もいない。 うまく撒けたようだ。 ふんっ、伊達に筋トレで鍛えてきてねぇわ! 俺の勝ちだと鼻で笑ったところで、 「さ、佐野くん!前!」 斎藤が慌てた顔で前を指差した。 「え?」と前に向き直ったら、道がなくなっていた。 正確には先にあったのはコンクリートの急な階段。 やばい!と思った時には前輪が地面から離れる瞬間で、ブレーキも間に合わず本能的に咄嗟にハンドルを左に切る。 宙に浮く感覚とゆっくりと流れていく風景。 眼下には硬そうなコンクリートの段がどんどん近づいてくる。 スローモーションで流れる映像の中で、身構えたと同時にガンッと車体が派手な音とともに揺れた。
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