氷の女王

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「じゃあ、みんな身体に気をつけるのよー!」 にこやかに他の店長たちに手を振った社長は私の手を引いて会議の扉を閉めた。 「あ、あの、社長、どうかなさいました?私、何か......」 「仕事のことじゃないの。ちょっとあなたに会いたい人がいて。この後の予定は?」 「店に戻る予定です」 「じゃあ、少しだけ寄って行って」 どこに? そう問おうとしたら、社長が私の手をぐいぐい引っ張って歩き出すから聞きそびれてしまう。 二人でエレベーターに乗り込んで行ったこともない一番上の階に着くと、私は固まった。 社長室の前を通り過ぎて、さらに奥の部屋。 『会長室』 扉横の壁に掛けられたプレートの文字に釘付けになる。 え、ちょ、ちょっと、待って!? 私が硬直している間に社長は形だけの高速ノックをしてさっさと扉を開けてしまう。 開かれたその先に立っていたのは華奢な女性。 グレーの上品なスーツに色白の肌がよく映えていて、潤んだ大きな瞳は私を真っ直ぐに見つめている。 黒髪を纏めて結い上げたその姿は会報誌で見かけるものと同じだ。 花山夕子会長。 『fleur』の創設者で。社長のお母様。 身長もあってグラマラスな社長と対照的な華奢で小柄な人だけど、美しいベールを一枚羽織ったようなオーラを放つ。 まるで一輪の白薔薇のよう。 体調を崩しがちであまり会社に出てこられないと聞いたことがあった。 写真ではない本物は私も初めて見る。 「か、会長、お初にお目にかかります」 部屋に入ったものの、凍ったみたいに背筋を伸ばしたまま、私はぎこちなく挨拶した。 すると、会長はふふふと少女のように可憐に微笑んだ。 「そんなに緊張しないで。今日、会社に来ていると聞いて会いたくて。強引に呼び出してごめんなさいね」 「い、いえ」 「蓮に女友達ができたと聞いて嬉しかったの。ほら、あの子今はああでしょ?」 「え、あ、えっと」 こ、これはどう答えたらいいのか。 吃っていると、ノックの音に遮られた。 「失礼いたします」と社長秘書の立川さんがカップを載せたトレイを片手に部屋へ入ってくる。
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