呪い

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「ありがとう、ルーク」 「にゃ」 礼を言うと、ルークはまたダイニングへ歩き出す。 志帆さんが粗方落ちていたものを分類してまとめていたから床に敷かれたオフホワイトの大きなラグマットが姿を見せていた。 荷物と荷物の間を器用に縫って歩くルークの後をついていく。 すると、彼は机と反対側の部屋の隅にあるキャットタワーに軽やかに登ってみせた。 「ここが僕のお気に入りの場所!」と瞳が爛々と語っている。 久しぶりに自分の部屋へ帰還して、ルークもテンションが高ぶっているみたい。 「素敵ね」 「にゃあ」 私が小さく手を合わせて褒めるとルークも嬉しそうに鳴く。 それからお気に入りなのか、手の平サイズのネズミのぬいぐるみを私へ持ってきた。 それでルークと遊んでいるうちに志帆さんはさっさと粗方部屋を掃除し終えた。 「唯ちゃん、朝ごはんは?といっても食パンとジャムくらいしかないんだけど」 「あ、私……食欲がなくて」 昨日、お酒を飲んでからずっと胃がもやもやして、何も口にしたくない。 これが心理的なものだということもわかっている。 ……指輪、結局確認できなかった。 あれから橋下さんは隣の部屋に帰って来ていない。 周囲の住人が何事かと顔を見せる中、彼女の部屋だけは明かりがつかず、ついに姿を見ることもなかった。 どこかに泊まったのだとしたら、今日は帰ってくる? 「唯ちゃん、大丈夫?気分悪い?」 心配そうに問う志帆さんの声で私ははっと我に返った。 「だ、大丈夫です。ちょっと眠たくて」 「そうね。じゃあ一先ず横になったほうがいいかも。いろいろあって疲れたでしょ?」 いろいろ。 その瞬間、私の頭の中に昨日の恐怖が蘇った。 男の、決して太刀打ちできない腕の力。 その感触が全身に駆け巡ったかのように、悪寒で身震いがした。 自分の身体を抱き締めた時、志帆さんの手が優しく背中を摩ってくる。 「大丈夫。私がいるから」 「……ありがとうございます」 本当に志帆さんがいなかったらと思うとさらに怖くなって、私は志帆さんの服の裾を握り締める。 すると、優しく抱き寄せて背中をポンポンと叩いてくれる。 あたたかくて、いい匂い。 こんなこというのもなんだけど、お母さんみたい……。 志帆さんの体温の心地良さに今まで強張っていた身体が解けていって、押し寄せてくる睡魔にそっと目を閉じた。
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