呪い

9/45
前へ
/1502ページ
次へ
お風呂にお湯を溜めてもいいと言われたけど、シャワーだけでさっと済ませることにした。 一人になると襲われた時の恐怖を思い出してしまうから。 温かいシャワーを浴びて全身を隈なく洗うと爽快にはなるものの、どうにも男に触られた首とか肩のあたりはいくら洗ってもあの時の感触が取れない。 タオルに力を込めて洗うと肌のほうが負けて赤くなってしまった。 だめだ。 もう終わったんだから忘れないと。 もう、怖くない。大丈夫。 「大丈夫、大丈夫……」 拳を握り締めて、胸をゆっくり叩く。 昔からの魔法の言葉で自分を落ち着かせると、浴室から出た。 化粧水と乳液で簡単に肌を整えてから洗面台の横の棚に置いてあったドライヤーを借りて髪を乾かす。 だいぶ髪も伸びた。 いつも大体決まって肩下まであったけど、今は背中の肩甲骨のあたりまで。 結婚が決まってから何となく伸ばしたほうがいいかと思って、今は美容院で毛先を揃えてもらうだけにしている。 でも、元々少し癖があるせいか乾くのになかなか時間がかかる。夏場は特にドライヤーの熱との戦いだ。 腰まで伸ばしている志帆さんはどうしてるんだろ。 そう考えながらようやく乾かし終えてドアを開けたら、ルークがすぐ側で座っていた。 私が出て来るのに合わせて立ち上がる。 「ごめん、待ってくれてたの?」 しかも、クーラーのない廊下でいつからだろう。 よしよしと頭を撫でるとゴロゴロ喉を鳴らして擦り寄って来る。 あまりの可愛さに小さな肢体を抱き上げるとそのまま廊下を歩いてダイニングの扉を開いた。 開けた瞬間、クーラーの効いた涼しい空気にパンの焼ける香ばしい匂いがふわりと混じって流れてくる。 四人がけのテーブルに美味しそうに焦げ目がついたトーストが載った白いお皿が二枚置かれていた。 「ちょうど焼けたところなの。紅茶でいい?」 「はい」 冷えたアイスティーのグラスを二つ手に持って志帆さんがキッチンからやってくる。 私たちは向かい合ってイスに座ると、ブランチを始めた。 用意されたブルーベリーのジャムは甘過ぎなくて、爽やかな風味の紅茶とよく合う。 既製品じゃなくて、ちゃんと茶葉から淹れて作ったアイスティーの味だ。 食欲があまりない私が少しずつ空っぽの胃に食べ物を入れていく間に、志帆さんは黙々と食べ終えてアイスティーをゆっくりと溜飲していく。
/1502ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4021人が本棚に入れています
本棚に追加