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「おー!ちょっとの間でそこまで進んでいるとは」
化粧室でゆかりがにやつきながら口紅を塗る。
水曜日の夜十時頃。私たちは都内の居酒屋にいた。
ゆかりとは仕事終わりで待ち合わせた。
私の顔を見るなり何かを察知したらしく『何かあったでしょ!』と詰めてきたから、誤魔化しきれず渋々先日の出来事を話した。
「進んでるって違うから」
「何が違うのよ?男が女にキスするなんて友情ではありませんよ」
リップを塗りなおした唇を擦り合わせてから、これ見よがしに私に向けて「んぱっ」と主張させてくる。
なぜかわからないけど、いきなり佐野にキスされた。
そう、キス。初キスだ。
「イケメンとキスかー。いいなー」
「そういう話じゃないんだけど!」
「どうだった?初チュウ」
「どうって……わからない。一瞬だったし」
もごもごと口ごもる。
本当に一瞬だったのだ。だから勘違いじゃないかと思うほど。でも、熱く柔らかな感触は残っている。
思い出すと頬が熱くなりだしたからファンデを激しくはたくと、ゆかりがにんまりと意地悪く笑む。
「というかさー、こっち来てもよかったの?デートとかさー」
「いいの。何もないから」
「へ?」
「あの後、逃げて部屋出てきてから会ってない」
「はぁ!?」
案の定、ゆかりはハーフ特有の薄い瞳をこれでもかと露わにして目を剥いた。
だって、どうすればよかったのか。
いきなり不意打ちのようにされて。
数秒固まった後、事実だけは把握できても、やはりどう反応していいのかわからず、私はむくっと立ち上がって部屋へと戻るしかなかった。
佐野が「おい」と声をかけるのに対して、無意味に「大丈夫」と繰り返しながら。
今考えれば何が『大丈夫』なのか自分でもわからない。
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