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「それは、予想以上に突っついちゃったみたいね」
いつもの通り仕事終わりで寄った蓮さんのマンション。
宗介くんにお灸を据えた結果を話すと、案の定苦笑された。
「ちょっと意地悪しただけのつもりだったのに、ハチには効きすぎたみたいで申し訳なかったわね」
「いいえ、そんなこと」
謝る蓮さんに私は慌てて首と手を振った。
蓮さんのおかげで私は彼の本心を知れたのだから。
ただ、改めて話すと痴話喧嘩の恥ずかしい話でいたたまれなくなる。
「それで、何て返事したの?」
「それが……言う前に打ち切られちゃいました」
『向こうで一緒に暮らそう』
宗介くんの言葉に私は一瞬、息を詰めた。
『今すぐに』という意味くらい鈍臭い私でもわかる。
いずれは彼の赴任についていくことになると思っていたけど、式を挙げたり入籍したりを考えたら一年後くらいかと勝手に思っていた。
「嘘だよ」
考えた末に口を開きかけた時、宗介くんが先に言葉を挟み込んできた。
宗介くんは私を抱いたまま上半身を起こした。
私の髪を梳くようにして頭を撫でてくる。
「唯の仕事もあるし、まだご両親に挨拶もしてないからな。ただ、そういう気持ちってこと。俺も臨時で赴任になったから、早めに日本に戻されるかもしれないし」
「あ、うん。わかった」
私は戸惑いとほんの少し、でも確実に安堵を胸に宿して頷いた。
だけど、わかっている。
彼の言葉が本当は嘘ではないこと。
「私も仕事があるから今すぐには無理なんですけど、いずれは彼のところに行かないといけません」
「『fleur(フルール』は上海に支店も店もないものね」
蓮さんに私は唇を引き結んで頷く。
だから、上海に行くなら仕事は辞めないといけない。
上海でなくても、宗介くんがまた違う国に赴任になれば同じことだ。
今は店長になって新店舗を任されたばかりだ。
宗介くんとは一緒にいたい。離れているとやはり寂しいし、身体の心配もある。
でも仕事のことが頭にずっと引っかかって、素直に頷けなかった。
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