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「自分の部屋と同じように自由にしてくれていいから」
男性の姿に戻った蓮さんは、リビングの扉を開けて言った。もちろん、私との距離を人一人分空けて。
あの後、荷物を纒めた私はそのまま蓮さんに連れられて、志帆さんの元を去った。
元々荷物も少ない。大きめのボストンバッグ一つだ。だけど、不安は抱えきれないほど漠然としていて、正直今からでも引き返したい気持ちに駆られる。
「うちはゲストルームがないから、唯の部屋は衣装部屋だったところでいい?」
蓮さんがそう言いながらリビングから続く、あの部屋を開ける。
化粧台とソファーはそのまま。だけど、他は何もなくなっていた。
前に来た時には、たくさんの色彩が収められた宝箱みたいな、蓮さんが手がけたコレクションの数々が並んでいたのに。
「あの……」
「全部、人にあげたか捨てた。もう必要ないしね」
私の言いたいことを先に読み取った彼はあっけらかんと言った。
何の未練もないという雰囲気が逆に違和感を覚えるけど、私が何か言う前に蓮さんのほうが口を開いた。
「ベッドがないな。申し訳ないけど、私の使って」
「え、でも、蓮さんは?」
「リビングのソファーで寝る」
「だ、だめですよ!それなら私がソファーで……」
「元々あんまり寝ないから。よくソファーでも寝てるし」
「だめです」
「じゃあ、唯用にベッドを買おう。可愛い天蓋付きとか……」
「い、いや、だ、だめです!お金かかりすぎです!」
断固反対すると、蓮さんは大層不服顔になる。
い、いや、そんな顔してもだめだから!
居候の身でありえないと私も負けじと口をへの字にして対峙する。
「じゃあ、布団を買いに行ったらどうでしょうか?」
睨み合いで一歩も話が進まないことに、外部から声が掛かった。
例のごとく、冷静沈着な秘書の相模さんだ。
「近くに量販店もございますし、布団ならベッドよりすぐに用意できます。私でよければ選んでお届けいたしますが」
「まぁ仕方ないか。頼んだ」
「かしこまりました」
とりあえず納得した蓮さんに相模さんは慇懃に一礼して、リビングから出て行った。
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