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太陽が焦げるにおいがいた。
花が散る音がした。
鳥のさえずり。初めて聴く譜だけど、これは遠い国から流れてきた空の流行歌なのか。
足の裏を刺激する砂利にはもう慣れた。
涙は枯らした。涙を流していい場所なんてここにはなかった。
水平の果てに伸びるさざ波は、僕の嗚咽をただ黙って隠してくれた。
「まだそんな所にいたのか」
両ひざを抱えたまま海をひたすら眺める僕の背後に、数匹の魚をこしらえた漁網を引きずる祖父が立っていた。
陽が顔を覗かせる時間帯は常に生活のために右往左往しているためか、鍛え抜かれた筋肉はただただ太いのではでなく、名刀のようなしなやかさも兼ね備えている。僕が祖父にあまり近づきたくない理由の一つにこれが入る。触れると、指から出血してしまいそうな気がして。
「手紙、帰ってこない」
「三日前に出した瓶詰めか。あんなのどっかに漂流して今頃海底だろ」
どこか呆れたような、憐れんでいるような眼差しを背中越しに感じた。
言葉に過剰反応するかのように僕が睨むと、とっくに背を向けていた祖父は気にすることもなく家に帰るよう手振りで示した。
長い沈黙の後、遠ざかっていく祖父の足跡が聞こえなくなる前に、僕は黙ってその大きい足跡をなぞった。海に放り出したやるせなさは、道中にまとわりついてくる羽虫をつぶしながら紛らわせる。
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