ドワーフ

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 それからだいぶ後になって、ドワーフとストレンジの元へ、エルフの王が現れた。ダークエルフに会いに行った帰りだと言い、彼は工房を見渡した。  ストレンジはエルフの王にすら興味がないのか、気がつけばどこかに消えていた。  警戒を忘れないドワーフは、このエルフの王が一体何をしにきたのか、見極めるように腕を組み、どんと構えた。    王はストレンジ達が気になるようだったが、本題に入ることにした。 「あるものを作ってほしい」  エルフの王はそれだけ言うと、材料となるものと、何を作るのかを書き記した紙をドワーフに渡した。  材料は何重にも包まれ、それがどれだけ貴重かを物語っている。ドワーフはひと目見て、それが何かを理解した。 「森のかけらか。こんなものは扱えん」  ドワーフの長は触れるのさえ嫌がるように腕を組んだまま、首を横に振って断った。  エルフの王は微かに笑って言う。 「今はまだ、な」  それだけ言うと、王はその場から離れた。あとはエントが現れ、王家で使うものを作ってくれないかとドワーフの説得が始まった。  ドワーフ達は、エントが出てきたことにより、顔色を変えた。彼は森の番人であり、ドワーフはエントにどれだけ世話になったか数えあげればきりがない。  エントの判断にいつだって間違いはなかった。けれど、ドワーフ達は、エントの瞳の中に今まで見たこともない光を見たのだ。エントらしくない、後悔と迷いだ。  ドワーフの長は、たとえエントの頼みであっても、エルフの王のために物を作ることを断るつもりでいた。しかし、エントの瞳を見て、その考えはなくなった。 「その仕事を引き受けよう。我々ドワーフは王家の望む物を作る」  その返事に驚いたのはエントだった。彼はドワーフのことをよく知っている。もう2度と、エルフのためには物は作らないだろうと覚悟していた。 「これは、予想外じゃ」  エントは愉快そうに笑う。けれどドワーフには、彼が少しも笑っていないと分かっていた。ドワーフはそれをエントに悟られまいと、不機嫌そうに言う。 「勘違いしないでほしい。エルフのためでも、あの王のためでもない。あいつらのためだ」  ドワーフはストレンジ達を指差す。 「あいつらは、願っているんだ。誰もが心から自由に生きていけることを。だから、私たちも、壁を壊した。自分達のためにな」  エントは眩しそうにストレンジ達を見つめ、それにまぎれるようにふらふらとしている王を見つめた。 「エント、何があったのかは分からないが、あなただって、それを願ってのことだろう?」  エントは微かに笑みを浮かべて、ぼそりと呟いた。 「それでも、大きな過ちであることは拭えん」  森の番人であるエントがそんなことを言うなんて、ドワーフには理解できなかった。エントは無理に笑ってドワーフの肩を叩く。 「いやぁ!あんたには冗談も通じんのかのう!」  そう言って豪快に笑いながら、王の元へと、ドワーフが仕事を受けてくれたことを報告した。  ドワーフの長はエントの背中を見ながら、心の声がこぼれていた。 「私達だってできることなら、隠し事を知りたくはないさ。それでも分かっちまうんだ」  王が帰る際、ドワーフの長は王にも、エントにもきっぱりと言い放った。 「王から頼まれた、あの仕事だけはできないからな。私たちが作るのは、エントから頼まれた王家で使う物だけだ」  王も、エントもそれに頷き、その地を離れた。王はドワーフに背を向けたまま言った。 「あんたはできないと言ったな」  その言葉にドワーフは王を睨む。 「あんなおぞましいものを加工する技術は、とうの昔に失われた。どれだけのドワーフが死んだか、あんたも知らないわけじゃあるまい」  王は振り返ると、夕陽を受けながら、その黄金の瞳を輝かせた。 「あんた達は、ノームではなく、サラマンダーの元で暮らすことを決めたはずだ」  王の言いたいことが分からず、ドワーフは頷くだけでなにも言わなかった。王はサラマンダーの山を見つめる。 「ウェンディーネは傷を癒し浄化する。シルフは翼を与え導く。ノームは守り育てることができる」  王は言葉を一旦切ると、続けた。 「サラマンダーなら、力を引き出し進化させることができる。今のあなた達が無理でも、いつか、それを成し遂げる者が現れるだろう」 ドワーフは王の見つめるサラマンダーの山を見つめた。  王の言っていることは、ドワーフにもよく分かっていた。この地へ来てから、彼らの腕は格段に上がっていた。より良い物を、この地でなら作れると確信していた。 「その時が来たのなら、必ず届けよう。王家の剣を」  王はもう前を向いて歩きだしていた。 「ああ、時代が変わろうが、その時代の王に渡してくれ」  そう言って、その地を後にした。
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