旅のはじまり

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旅のはじまり

あの建物が見えなくなると、タカオは急に寂しい気持ちになった。ジェフやグリフに別れを言いたかったけれど、彼らはどこにもいなかった。 タカオが食堂にいた時も、倉庫に向かう時も誰も見かけなかったのだ。 「どこに行ったんだろう」 独り言が口からこぼれた。木が風でざわめいて、タカオの小さな独り言はあっという間にかき消されてしまった。 「呪われた奴の近くには、いれないよな」 また呟くと、無理に納得しようと努力した。自分も同じように呪われた者を避けてしまうかもしれない、と。風は吹き荒れて緑の葉をいくつか落とすと、突然止んだ。 そうすると、鳥の鳴き声や木の実が落ちる音、自分の足音が鮮明に聞こえた。穏やかな時間がそこには漂っていた。 タカオは足を止め、森の音をしばらく聞いていた。あまりにも心地良かったのと、これ以上足を進めるのが怖くなったのだ。 その怖さを紛らわすように、タカオは別のことを考えていた。この森へ来る前の、元いた世界のことだった。 「そういえば、向こうじゃ大騒ぎだろうな。神社に荷物を置きっぱなしにして行方不明なんて」 そこまで考えると、微かな笑いがこぼれていた。 「あのミステリーオタクのことだから、神隠しだって、ワクワクしてるな。きっと」 その様子がなんとなく想像できるだけに、タカオは大きなため息を吐き出した。 タカオが独り言を呟いていると、後ろから足音が近づいていた。それは足早にというよりも全力で走っているような音だった。薄い金属がこすれるような音も聞こえている。 振り返ると、道はカーブを描いているせいで、2メートル先くらいしか見えない。 背の低い木が半円を描いて細い枝を密に伸ばし、その枝から小さな葉が芽吹き始めていた。まるでまりものようなその木の陰にタカオはいた。 ついに、そのまりものような木の陰から足音の主が現れた。走ってきた勢いでぶつかりそうになったけれど、タカオの手前で、走り込んだジェフは慌てて止まった。 「わ!タカオ!良かった。間に合った!」 ジェフは息を切らせて、タカオに満面の笑顔を向ける。ジェフは「よいしょ」と掛け声をかけて、背負っていた大きな荷物を地面に置いた。
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