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堤防に野球部のかけ声がこだまする。
河川敷のグラウンドでは白球を追う球児たちのノックの音と、彼らのスパイクが巻き上げる砂煙とが、午後の柔らかな日差しの中で微睡み、テルの眠たげな瞼と重なっていた。
堤防に夏の兆しを運ぶ風。
騒がしい午後の河川敷を舞台に、草花はまるで役者にでもなったかのよう。
皆、背筋を伸ばし、胸を張る。
そんなにも初夏が誇らしいのだろうか。
草花はいかにも偉丈夫な、堂々とした立ち姿で、演目「初夏の自由」を盛んに謳うのだ。
気の早い暑さの中で、その葉は色濃く緑に萌えている。
川に掛かった鉄橋を見やると、ちょうど6両編成の電車がガタゴトと音を立てて通過していた。
少し蒸し暑い6月の晴れ間。
ここは、どこにでもある無個性な灰色の地方都市だ。
街を貫く片道3車線の幹線道路は交通量のわりに無駄に幅広く作られ、その道路沿いには、郊外型の大型スーパーや家電量販店が軒を連ねている。
平凡な街。
それが最もこの街に似合う名前だろう。
そんな平凡な街を、西北西から東南東へかけて流れる大きな川の堤防の脇に、関東平野を一望するようにしてそびえ建つ15階建ての分譲マンションがあった。
そのマンションの2階、南向きの窓のベランダの一角にテルは居る。
テルは、梅雨の晴れ間から覗かせる代わり映えのしない景色と、日常の中の何気ない一コマの中に佇んでいた。
もし仮に、テルの見ているこの世界が「日常」という、ごくありふれたタイトルの映画だとすれば、テルはその映画のエンドロールに主要なキャストとして名前を連ねていたことだろう。
いや、そんな代わり映えのしない映画でこそ、テルはまさしく主役だと言えた。
テルはこの特色のない街と同じ。
どこにでもある、ありふれた存在だ。
テルが毎日ベランダ越しに眺めている日常の世界は、余りにも大きく文字通り計り知れない──その術すら知り得ない──存在であった。
だからテルは思う。
もっと、よく世界を見てみたいと。
この世界について、もっと知りたいと。
ここからお話する物語は、そんな日常という膨大な数のフィルムに埋もれた誰も気にとめなかった世界の一幕であり、テルとその友人コハルが見た世界の物語である。
決して特別なんかじゃない日常の一幕。
意識してみなければ、気付かずに通り過ぎてしまうような小さな命の物語。
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