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とは言えテルが、自身の名を呼ぶことは無かったし、このベランダに住んでいるものが彼一人であったなら、名前などなくても困らなかった。
「テル」という名前が、相手から見てちゃんとテルを差す言葉として機能しているならば、その名前に意味などなくとも良い。
人から勝手に付けられた自分の名前なんて、なくてもいいとさえ思っていた。
しかしながら、テルという捻りのない名前は、常にテル以外の者たちによって必要とされていたのだった。
そう、このベランダにはテル以外にも住人が居たのだ。
テルと呼ぶ者達が自分を必要としている。
それが確認できるだけでも、退屈な日々を送るテルにとっては希望となった。
やがてテルは、そんな無個性な名前を呼ばれる度に、小さな喜びを感じるようになる。
「ティッシュで出来た体なのに……」
そう独り呟くと、照れくささを見通していたようにベランダからタイミング良く風が吹いた。
テルの体は微風にたじろぐ。
想像して見て欲しい。
照る照る坊主が名前を呼びれて喜んでいるのだ。
それは滑稽な姿であったろう。
テル自身でさえ、その光景を目に浮かべると滑稽に思えた。
なおも風はテルの体を優しく揺らす。
恥ずかしいからじゃない。
風が気まぐれに吹き付けるものだから、テルの頬をほのかに赤くするのだ。
これも照る照る坊主であるが故の苦悩であろう。
決して照れ隠しなどではない。
ベランダのテルは、風に身を任せているだけだ。
照る照る坊主として風に身を任せているだけ。
テルはそう思いたかった。
照る照る坊主であるテルは、なつみちゃんの可愛らしい小さな手によって生まれる。
ティッシュペーパーを丸めた頭と、同じくティッシュペーパーで出来た体が、テルを構成するすべてだ。
白のポンチョを頭から被ったような継ぎ目のないモノコックボディーは、そのずんぐりとした外観に反して意外に身軽であったため、ベランダに寄せる風は、時にテルを大いに悩ませた。
突風に煽られてしまうと、際限なく回転してしまうのだ。
こればかりはテルの意志ではどうすることもできなかった。
また、照る照る坊主として生を受けたテルのささやかな受難は、ベランダに吹く風ばかりではなかった。
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