3人が本棚に入れています
本棚に追加
ようやく辿り着いた北の地。
コハルは子育てのために、ここへ訪れたのだ。
コハルの両親も、おそらくは祖父や祖母も、この地で子を産み育て上げたことだろう。
先祖代々、受け継いできた子育ての為の北の地は、芽吹きの春を過ぎ、深緑の初夏を迎えようとしていた。
まだ若いツバメであるコハルがこの地に立つのは、これが二度目のこと。
一度目は、この地に生まれた時だ。
その時は、コハルもまだ親に餌をねだる幼いツバメの子であった。
そして二度目の今、コハルはこうして親と成るために、南の地で出会った夫と共に海を越えてやってきたのだ。
ああ、そういえば両親もこんなふうに忙しそうにしていたっけ……。
コハルは、あの子供であった日々に過ごした灰色の街並みと、何も変わらない空を見上げて風を感じた。
今なら忙しなく働いていた両親の心境が分かるような気がする。
コハルは街並みに目を移す。
灰色の街は、思い出の風を連れてきたようだ。
この風は遠路遥々、この地にやってきたコハル達への労いの風だろうか。
水面を駆け上がる心地の良い上昇気流。
尾羽が風を捕まえた。
それは翼が掴んだ自由の風だ。
コハルはこの懐かしい風に 流されて、もうしばらく自由を味わい、気ままに漂っていたかった。
そうやってしばらく、故郷の風の心地よさに心奪われていたコハルであったが、本来の目的である巣を作るにふさわしい場所を求めて、コハルは灰色の街を飛び回った。
人工物の密集した街中であっても、子を育て上げるためには、自然豊かな餌場が必要だ。
餌場の確保は、巣を構える上で特に重要な条件となる。
巣から余りにも離れた場所に餌場があると、子を育てる上で重要な餌の運搬にも、余計な距離を飛ぶ分だけ不利になった。
いくら豊富な餌場を確保出来たとしても、巣までの距離が離れれば子供たちに餌をやる回数も少なくなってしまうだろう。
それは、死活問題だ。
どこか、いい場所はないものか。
そう思ってコハルは、夫と共に良好な餌場と、外敵に襲われにくい安全な場所を求めて街を飛び回った。
幾つかの候補に目星を付けつつ、幾日も街を飛び回る。
最初のコメントを投稿しよう!