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「……これと言った後遺症は見られないね」
柏木はニコリと笑って、どこに隠し持っていたのか分からないが、カルテらしきファイルにペンを走らせた。
ついでに僕が眠っていた期間は、なんと2ヶ月。指を動かしている時、鈍った感覚は無かったのに。自分の体内時計に少々呆れた。
「……ねぇ、先生」
僕は柏木を呼び、片手に付けられた手錠を前に出す。なにが言いたいのか大体は伝わったハズ。
「これ、外す事出来ないの?」
「……ごめんね、秀生くん。それを外すのは、秀生くんの心が良くなった後なんだ」
柔らかい言葉と共に、柏木は眼を伏せた。僕はそっかと呟いて、口を閉じた。柏木が寂しそうに眉を下げているが、僕はあえて触れなかった。
……どうしようか
どうすれば、この世界にさよならを言えるだろうか。手首には幾度となく繰り返した傷痕、これが僕の愚かさを表している。
柏木が居る事を忘れ、深い溜め息を吐き出して瞼を下ろす。
「どうして、死にたいと思ったんだい?」
突然、柏木の声が僕の耳に入る。僕は下ろした瞼をゆっくりと開き、柏木の瞳をジトッと合わせた。
なにも知らないから、そんな事を聞く。当たり前な事で僕にとっては、物凄く煩わしい事。
「死にたいから」
そう簡単に自殺の原因を話す程、僕は甘くない。そんな意味を含めた言葉に気付くハズもない。
「……きっかけは?」
柏木は話を掘り下げて、僕の心境を探ろうとする。僕は柏木から眼を逸らし、鉄格子が飾った空を眺めた。灰色の雲が青い空を占領し、今にも一雨来そうな空模様。
「……さぁね」
僕の返答に柏木がなにか言おうと口を開いていたが、思いとどまったらしくグッと堪えていた。これ以上、無駄と察したのか僕にじゃあ、またと挨拶を添えて、椅子から立ち上がった。扉が音を立て、僕の周りに静寂が広がった。
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